「じゃあこれは何色だ?」


 私は店長が指差した一枚の花弁を間近でじっと見つめた。それは五枚の花弁を持つ無色草。無色草は色を植えるのではなく色を反映させる色見本として使い勝手がいいらしい。無色草というけれどその色は白で、決して色がないわけではないのだと店長は言っていた。白とは無色ではなく無彩色。その点は名付けた誰かに文句が言いたいと言っていた。

 そしてその五枚の花弁は今、白ではない色に色を変えていた。似ているけどそれぞれ少しずつ異なる色だ。


「見たまま答えればいい。今のお前さんが正解するとは思ってない」


 眉間にシワを寄せながら悩む私に店長がなかなか辛辣な言葉をくれる。多分違う、違うけどそれ以外に思い付かないからそれを答えるしかない。


「ピンクですかね」

「そうか。それならこれは?」


 間髪いれずに次の花弁を指差す。


「ピンク」

「これは?」

「……ぴ、ピンク」

「もしかして後も全部ピンクか?」

「……はい」

「情緒もクソもないな」


 呆れるというより店長は笑っている。


「情緒もクソもなくてすみませんー!」

「何してるんだ?」


 そのとき、少し開けていた窓からヒヨコさんが飛んで入ってきた。その窓はヒヨコさん専用の出入り口になりつつある。


「ヒヨコさん久しぶり。どうしたの?」

「お前さんの様子を見に来てやったんだ」

「ありがとう。今日は病院の方は大丈夫なの?」

「大丈夫でなければここにはおらん。しかし相も変わらず閑古鳥が鳴いておる店だな」


 ヒヨコさんは渋い顔もするも可愛い。神を気安く撫でるなとの(おぼ)し召しがあるので、その願望は心の内に留めることにするけれども。


「だけどこの前初めてお客さんが来たんだよ。店長の技凄かったんだから」

「ほう。どうやって色を売るんだ?」

「言葉で説明するのは難しいな。植色っていうらしいんだけど」

「夜雀もまたそのうち見られるさ。せっかく来たならお前も勉強するか?」

「勉強?」

「ああ。色の勉強」


 店長はニヤリと口角を上げ、ピンク(仮)に色づいた無色草をヒヨコさんの目の前で右に左に揺らす。その動きにつられるようにしてヒヨコさんは顔を動かしている。鳥にも動く物を追う習性があったとは。店長は分かっていて遊んでいるようだ。


「早苗、何もしなくていいと言われていたのについにこき使われるのか」

「違うよ。私が教えてほしくて店長に頼んだの」

「何でだ?そんなものを勉強したらこの先いいように使われるようになるかもしれんぞ」

「お前の俺への評価ってずっと低いままだな。ちょっとは改めたらどうだ」

「ふん。早苗を危険な目に遭わせた時点で悪い方に改めてやった」


 ヒヨコさんはそう言ってそっぽを向くけど、私から見れば最初の頃よりは随分と打ち解けているように思う。


「それは弁解のしようがないが……」


 ヒヨコさんはそれ以上店長の言葉に特に興味はないようで、私が飲んでいたお茶を啄みだした。飲み方可愛い。


「店長、続きをお願いします」

「まず言っておくがお前さんが言ったピンクっていうものはほとんど総称のような扱いで、色の幅がかなり広い。だから間違いではない」

「情緒もクソもないらしいですが」

「それは俺の個人的意見だ」


 店長の口からピンクという可愛い響きの言葉が出るのがなんだか面白い。この店では古くからある伝統色と呼ばれるような色を専門に扱っているけど、現世のお客さんもいるため知識としては幅広く知っているようだ。


「色の名前にはそれぞれ由来があり歴史がある。例えば今のこの花弁の桜色、牡丹色、撫子色なんかは花の名前がそのままついている。自然はすごいぞ。その季節にはその季節にしかない色がある。俺たちは昔からずっとそれを借りているだけだ」

「確かにその色がどんな色か知らなくても、名前を聞けば頭になんとなく思い浮かびますね」


 桜も牡丹も撫子も有名な花だ。


「ああ。色を知るということは自然を知ることだし、自然を知ることは色を知ることに繋がる。だから知りたいのなら色々なものを見て過ごすといい」

「この花弁の色は何色ですか?」

「それは(とき)色だな」

「トキ……?」

「知らないか?鳥だ」

「あ、鴇ですか!」

「ああ。鳥の名前がついている色は他にもあるぞ。雀色とか金糸雀色とか」

「鴇って確か天然記念物ですよね」

「今はそうらしいな。常世でも見かけなくなったしな。だが昔は常世でも現世でも雀くらい身近にいる鳥だったんだ。身近で美しいものはよく色の名前になる」

「そうなんですね」

「それでこの最後の一枚、これは今様(いまよう)色」

「今様というのはどういう意味ですか?」

「『今流行り』という意味だ。昔の流行色だったのがそのまま名前になったようだね」

「え、そんな由来もありなんですか」

「皆が呼べばそれが名前になるからな。色が色として認識されるより前からこの世に〝色〟は存在していた。それに名前をつけ、愛でようとしたのは人間やあやかしたちだ。だからまぁ、何でもありといえばありなのかもしれない。もっと崇高で粋なものだと思ったか?」

「いえ。由来を知ると一層綺麗に思えてきます」

「そうか」


 心なしか店長が嬉しそうだ。

 それから時折こんな風に色について教えてもらいながら過ごしていた。そして初めての来客から二ヶ月近く経つ頃、ようやく二人目のお客様が現れた。