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 店長が目隠しを外す。その瞳を見るのはこれで三度目だ。何色でもあるなんて、何度見ても美しく幻想的で不思議な瞳だ。

 それから店長の手が山影さんに触れると、店長の右目から〝天色〟がまるで液体のように飛び出して次の瞬間には山影さんの体に移るように溶けていった。そして山影さんの色は一瞬にして見事な天色に染まっていた。

 すごい。うまくいくか祈るような気持ちで見ていたけど心配いらなかった。

 終わると店長はすぐにもう一度目隠しをした。普段目隠しをしているのは目から色が出たことと関係あるのだろうか。


「どうぞ、目を開けてください」

「もう終わったのか?」

「はい。完了しました」

「鏡あるか!?」


 店の奥に布を被せて置いてあった姿見で自分の新しい姿を確認すると山影さんは「うわ!派手!最高!」と歓声を上げた。店の掃除をしているときに店長の性格的に姿見は必要ないのではと思っていたけど、こういうときに使う物だったようだ。

 狐色から天色へ。綺麗な色だけどそれが頭やら耳やら尻尾やらの色になるのはどんな感じだろうと思ったけど、派手好きの彼にはそれがよく似合っていた。そして何よりやはり本人が喜んでいるのだから大成功だろう。


「ありがとう!かなり気に入ったよ!これから贔屓にしてやるし評判広めといてやるからあんまり早く潰れんなよ」


 彼はそう言い残して手を振って常世へ帰っていった。潰れるのが前提なのはいかがなものなのか。だけど去り際に私の着物姿のことも褒めてくれて気持ちはホクホクだ。なにせ贈り主である店長がまだ触れてこない。まぁ制服なんだから別に深い意味はないのだろうけど。


「山影さん、嬉しそうでしたね」

「はあああああああ」


 店長は盛大に息を吐きカウンターに突っ伏した。完全に脱力状態だ。


「お疲れ様です」

「ああ疲れた。さすがに疲れた」


 精神的にというのもあるだろうけど、色を変えることはそもそもが彼にとって疲れる行為、体に負担のある行為なのかもしれない。


「これが色屋の仕事だ。俺は俺の中にある色を対象に植え付けて色を変えている。植色(しょくしき)って言うんだがな」

「店長の中に色があるんですね。凄い」

「別に、凄くもなんともないさ」

「山影さんみたいに髪や体の色を変えるお客さんって多いんですか?」

「色屋にしか出来ないものだからな。触れられなかった間は全部断ってきていたが。気になるなら見ていいぞ。そこの引き出しの一番上」

「?」


 言われるがまま引き出しを開けると店長がよく見ていた『色帳簿』と記された帳簿があった。ここに保管されていたのか。


「それに今までにどんな色を何に植色したのか書いてある。好きに見ていい」


 店長は大雑把だがこういうことに関してはきっちりしているらしい。

 パラパラと頁を捲ってみるとそこに今までに売れた色とそれを買った客、色をつけた物の名前が日付順に記載されていた。やはりどれも知らない色の名前が並んでいる。


「着物の色を変える依頼も多いですね」

「そうだな」


 その類いの依頼客の名前にはどれも『織』と記されている。確か店長の知り合いで呉服屋の若旦那と言っていた。だから着物の依頼なのか。着物なら色屋に頼まずとも染められそうだけど。


「他には……え、あのこれ血って、血の色を変えたんですか!?」

「ああそれな。もう随分と前だぞ」


 確かに帳簿の最初の方に書いてある。


「かなり気になるので詳しく教えてください」

「現世にいるあやかしからの依頼だったんだ。そのあやかしはお前さんみたいな見鬼の才を持つ人間の子供と仲良くなったらしいんだが、ある時不注意で怪我をしたら妖怪なのになんで血が赤色なんだ、本当は妖怪じゃないんじゃないかって言われたんだとさ。それで血の色を緑にしてほしいって依頼だった。あれはさすがに俺も笑ったし止めた。まぁ意思は固かったな」

「すごい話ですね」

「くだらないとまでは言わないが、まぁそういうおかしな依頼も結構ある」


 確かに妖怪と言えば血の色は赤色以外を想像してしまうかもしれない。人間の子供の言葉をそこまで真剣に受け止めるあやかしは想像するととても可愛らしい。


「あ、そういえば人間も髪の毛の色を染めて変える人は多いですよ」

「人間のそういうものと違って植色の色は褪せたり落ちたりもしない一生ものだ。しかも体毛の場合は伸びてもその色を再現する」

「へぇ、それは便利ですね。私も変えようかな」


 店長が植色は客にしかしないと言っていたのを聞いているから冗談として笑いながら言うと、店長の手が伸びてきて私の髪に触れた。


「お前さんも変えたいのか?そんなに綺麗な烏羽色(からすばいろ)なのにもったいない」


 冗談だったのに店長は真剣にただ純粋に疑問そうにそれを言う。


「……店長、髪に触れながら褒められるというのは少し照れます」

「え?ああ悪い!」


 店長にしてみればただ色を褒めているだけで一切他意はないのだろうけど、こちらからすればドキリとしてしまう。もしかすると触れ方を覚えてしまった店長は厄介かもしれない。