「分かりません。父は仕事を家に持ち込むわりには仕事の話をしない人だったので」






桂夏は父を亡くしたというのにハキハキと話す人物だ。
妻の椿は憔悴しきっていて、次女の柊華はそんな母に寄り添いながらも動揺しているように見える。
末っ子の桐香は桂夏にぎゅっとしがみついていた。
もしかしたら、父を亡くした今、自分がしっかりしなければと思っているのかもしれない。






「……アンタの言葉、まるで、マニュアルを読んでるみたいだな」





すると、リビングに汐里が現れる。
遺族に対する暴言というおまけ付きで。
一颯は汐里の暴言に一瞬凍りつくが、はっと我に返る。
そして、汐里に大股で詰め寄った。





「京さん!口の聞き方を気を付けろと何度俺に言わせるんですか!?」







「私は本当のことを言ったまでだ。聴取が終わったなら戻るぞ」





汐里は一颯を軽くあしらい、すぐにリビングを出ていってしまった。
一颯と瀬戸は彼女の無礼を詫びてからその後を追いかける。
一足先に洋風の庭を抜ける汐里に追い付き、一颯は深々とため息を吐いた。






「家族を亡くした遺族にあれは無いでしょう。何ですか、マニュアルみたいな言葉って」






「そのままの意味だ。父親が死んだのに悲しみも動揺も感じられない、ただこう話せば良いと決められたことを話す。小学生の音読と一緒だ」






汐里は車の助手席に乗り込み、運転席には一颯が、瀬戸は後部座席に乗り込む。
彼女の言いたいことは分かるが、それを遺族に直接言ってはならない。
ふと、一颯は汐里の言葉に違和感を覚える。





ただこう話せば良いと決められたことを話す。
それは誰かが話すことを決め、彼女がその通りに話した時に成り立つ言葉だ。
つまり……。
シートベルトを締めようとした手を止め、一颯は汐里の方を見た。
助手席に座る汐里はどや顔だった。




「気付いたか?」






「はい。ですが、そのどや顔は止めてください。何かムカつくので」






一颯はシートベルトを締めてエンジンをかけると、車を発進させる。
前の席の二人だけが何かに気付いたようだが、後部座席にいる瀬戸は意味不明だ。
瀬戸はシートベルトを締めたまま、座席の間から顔を出した。





「二人だけで納得してないで、俺に説明してください!」






「危ないから座れ」






汐里が瀬戸の額にデコぴんを食らわせば、彼は「ぬ゛っ!?」と変な呻き声を上げる。
実に良い音がした。
きっと、いや、絶対に痛かっただろう。
その証拠に一颯の位置からバックミラー越しに、額を押さえて悶絶する瀬戸の姿がバッチリ見えていた。