「……あの子は、空翔はあの男に全てを奪われたんです」
猿渡はポツポツとあの男の子、空翔の身の上を話し始めた。
空翔の母親は殺された組員に乱暴されて彼を身籠り、産んだ。
空翔を産んだ母親はすぐにこの孤児院に彼を預けた。
預けたのは我が子を愛せなかったからではない、守るためだった。
「母親は空翔の存在があの男にバレたら、暴力団へと引き込まれると思ったようです。だから、私の元へ預けた」
「七つの大罪という犯罪組織の一員が経営しているとも知らずに、か」
「いいえ、彼女は知っていましたよ。此処が七つの大罪の拠点になっていて、私が七つの大罪の罪人であることも」
「何故?」
「彼女は私の姉で、七つの大罪の信者でしたから」
猿渡は初めて感情らしいものを表に出した。
それはあまりにも悲しげで、今にも泣いてしまいそうだった。
空翔の母親は猿渡の姉で、空翔は猿渡の甥。
一颯の中でようやく話が繋がったが、話を続ける猿渡の言葉に耳を傾ける。
「姉は空翔を産んで私に彼を預けた後、変死体で見つかりました。遺体は直視できないほどで、見つかったのが奇跡でした」
「そんな事件があれば、捜査一課が動くはずだ。だが、そんな話は聞いたことがない」
「汐里さんたちが知らないのも当然です。姉が見つかったのは人里離れた山林の土の中ですから。……神室が独自のルートで見つけてくれました」
遺体が見つからない。
それは暴力団という闇が生んだ悲劇だ。
警察が知らないところで悲劇が生まれてしまっていたのだ。
人里離れた山林の土の中など余程のことがない限り見つけることは出来ない。
神室の独自のルートは何処なのか気になるが、猿渡の姉の遺体が見つかったのは認めたくはないが神室のお陰だった。
「神室は私にとって、神そのものです。私が何をすべきか導いてくれる」
「……それが犯罪で、人殺しでもか?」
一颯は膝の上で拳を握りしめると、猿渡を睨み付けた。
発した声は自分が思っていたよりも低かったせいか、隣にいる瀬戸が驚いたように一颯を見ていた。
反対側の隣にいる汐里は何も言わずに、猿渡を見ている。
神室は人を人と思っていない。
人を蔑み、人の負の感情をつついて唆して悪へと引きずり込む。
かつて、一颯の親友は神室に唆され、一颯の夢を守るために人を殺して自ら命を絶った。
一颯だけではない。
汐里の恩師も神室に唆されて復讐をし、自ら命を絶っている。
一颯や汐里からすれば、神室は悪魔のような男だ。