「……俺、随分生ぬるい生き方をしてきたんですね」
バックミラーで瀬戸を見れば瀬戸はしゅんと肩を落とし、項垂れていた。
その姿はまるで、いたずらをして飼い主に怒られた犬のようだ。
赤星がポメラニアンの顔をした狂犬なら、瀬戸は威勢は良いが、気弱なチワワだ。
「そりゃ、署長の息子となれば皆気を使うだろうな。お世辞ばかり言われて、優秀だと思い込んでたくらいだからな」
「う、ごもっとも……」
「京さん、少しはオブラートに言葉を包んでください、貴女は本当に気を使ってませんよね。お世辞が言えないのに、縦社会の警察でよくやれてますね」
「媚を売るのは好かん。気に入らないなら飛ばせば良い。その分、痛手になっても知らんがな」
呆れ顔の一颯に対し、汐里は少し他人を小馬鹿にしたような顔をしている。
実際のところ、汐里が他の部署に飛ばされることはほぼないだろう。
彼女を手放しては捜査一課が痛手を食うのは目に見えているからだ。
自分で言っているだけあって汐里は頭の回転が早く、状況把握に加えて観察眼が優れている優秀な刑事なのだ。
「それに、署長よりも怖い立場を持つ奴が隣にいるからな。お前もいい加減東雲に戻したらどうだ?捜一では周知のことだし、組対にもバレたところだし」
「組対にバレたのは貴女のせいでしょう!?今更良いですよ、浅川で慣れてしまいましたし」
「――東雲一颯」
「え?」
「響きが綺麗な名前なのに勿体ないな。でも、呼びやすさは浅川一颯の方だな」
本名である東雲一颯と呼ばれることは今はほとんどない。
警官になる際にちょっとしたコネで、母の旧姓を使って浅川一颯を名乗ったからだ。
そのせいか、本名で呼ばれる方が違和感があった。
それなのに、汐里が気まぐれで呼んだ本名は違和感よりも何処か暖かさを感じた。
「あのー、話が脱線してません?何で俺の話から二人の話に変わってるんですか?」
瀬戸は遠慮がちに声をかけてくる。
脱線どころの話ではない。
何故捜査の話からどうでも良い名前の話になっているのか分からない。
しかも、無駄にほんわかしてしまった。
ほんわかしてる場合ではないというのに、
「京さんと話してると話が何故か段々変わっていくんだよな」
「浅川が小難しいこと言うからだ。もっと簡潔に分かりやすく言え」
「京さんだって、よく難しいこと――」
「だから、話してると脱線してますって!って、浅川さん!今の信号の所左折です!通りすぎてます!」
「ハア!?Uターンだ、Uターン!」
一颯と汐里が下らない話をしているうちに、曲がるべき所を曲がらずに直進してしまった。
瀬戸は慌て、汐里は自分のせいでもあるというのに一颯の肩をバシッバシッと叩く。
運転が荒い汐里と運転が苦手な瀬戸に代わって運転しているというのにぞんざいな扱いを受ける一颯だった。