「四宮、うちの浅川がビビってるから睨まないでやってくれ」
「いや、睨んでない。普通に見てただけだ」
笑いを堪える椎名としゅんと肩を落とす四宮。
どうやら、四宮は強面なだけで、根は優しい人なのかもしれない。
それでも、組対にいるのはやはり見ているだけで睨んでいると思われる強面のせいだろうか。
「すみません、失礼しました。それで、その下っぱの組員は何故警察に助けを求めたんですか?」
「いや、通報したのは組員ではなく、団員を暴行した犯人。確か七つの大罪の《ira》と言っていたらしい」
四宮は犯行現場のビル三階のドアを開けて、一颯達に中を見せる。
室内は物が散乱し、壁や窓には弾痕が残っていて、部屋の至る所に血が飛び散っていた。
そして、壁には《ira》という文字、その近くにはサルの置物が置かれていた。
「《ira》……ラテン語で憤怒」
「うわ!?京さん、いつ来たんですか!?」
音もなく現れた汐里に、一颯は驚いて後ろに飛び退く。
心臓がばくばくとうるさい。
彼女はいつも音もなく忍び寄る。
うるさいときはうるさいのに、静かなときはとことん音がない。
「今。四宮さん、被害者の容態は?」
「被害者は全部で五人。そのうち、二人が意識不明の重体、三人は意識はあるが、重傷だ。五人共全身の骨が折られてた」
「容疑者は?」
「意識があった組員が言うには一人だそうだ。しかも、暴力団相手に素手で乗り込んできたらしい。防カメは洗ってるし、容疑者の人相が分かるのも時間の問題だ」
四宮の話に、汐里は「ふぅん」と顎に手を当てる。
その横では「椎名さんなら暴力団相手に素手で行けます?」「いや、さすがに無理。せめて、金属バッド欲しい」と赤星と椎名の会話が聞こえる。
一颯は先輩二人の物騒な会話を耳に入れつつも、壁の文字に目をやる。
《ira》という文字とサルの置物。
七つの大罪の犯行に間違いは無いのだろうが、何故わざわざ犯人自ら警察に通報したのか。
犯人は組員達を殺す気はなかった。
では、何故暴力団の事務所を襲った?
誰かに頼まれてのことか?
一颯の頭の中ではぐるぐると考えが渦巻いている。
「そういえば、白樺組って最近久宝首相を襲撃してませんでしたっけ?」
「ああ、三日くらい前にな。組員数人を逮捕した」
汐里は四宮からの返答に口角を上げる。
こんな風に彼女が笑うときは何かに気づいたときだ。
それと同時にろくでもないことを思いついた時でもある。
汐里は一颯の方を見上げると、目を細めた。
「――お前、首相とのコネはあるか?」
――予想通り、ろくでもないことだった。