「わ、私のせいで怪我人が二人も……。すみません……」
優木に麗が捕まった理由は知らない。
大体想像はつくが、それを咎めたところで彼女が余計に畏縮するだけだ。
寧ろ、畏縮して大人しくしていて欲しいのだが、そうも行かない。
どんなに生意気な子供でも一颯にとっては守るべき人達の一人なのだ。
「怪我は?」
「私はありません」
「なら、良かった」
一颯が麗の頭を撫でてやれば、麗は驚いたように彼を見上げた。
「何が良かったんですか?貴方は怪我をしたのに」
「俺は警官だから民間人を守らないといけない。君もその一人。守らないといけない人が無傷ならそれで良いんだよ」
本当なら自分も無傷なら良いのだろう。
だが、不意に撃たれた氷室と違って、この噛まれた怪我は一颯の不注意が招いた結果だ。
自ら手を差し出して、投降してきたとしても人を殺した殺人犯だ。
もっと警戒するべきだった。
すると、汐里がずいっと一颯と麗の間に割り込んできた。
ムスっとしていて機嫌が悪そうだ。
「京さん、氷室さんは?」
「寝た」
「それって気を失ったんですよね!?まずくないですか!?」
「あれで死ぬような奴じゃない!それより、お前油断して噛まれるとか馬鹿か!?」
汐里は一颯の方を向くと、見上げられているのに見下ろされている気持ちにされる説教が始まった。
油断しすぎだ、馬鹿、手にどれだけ傷を残すつもりだ、二年前で懲りろ、馬鹿。
馬鹿は二回言われた。
ついでに言えば、ナイフがかすって切れた方の頬を思い切りつねられた。
「痛い!痛いです、京さん!」
「痛くしてるんだから痛いのは当たり前だわ!この馬鹿!」
「馬鹿なのは知ってるので、馬鹿馬鹿言わないでください!」
遠くから救急車の音がする。
それでも、一颯と汐里はあーだこーだと言い争っている。
そんな二人のやり取りを氷室は目を閉じたまま聞いていた。
汐里は昔と変わらず、気が強いままだ。
彼が好きになった彼女と変わっていなかった。
だが、変わってしまったことはある。
汐里はもう氷室を好きではない。
付き合っていた当初から分かりやすい愛情を氷室が汐里に向けられたことはない。
それでも、強気な瞳が僅かに優しさを帯びたときに愛情を向けられていたように感じられた。
だが、その優しさを向けられているのは今自分ではない彼だ。