「氷室さん!」
「おい、一巳!何やっているんだ、この馬鹿!」
汐里が氷室を名前で呼ぶ。
それは無意識だったのかもしれないが、一颯は一瞬動揺する。
だが、今は気にしていられない。
今は氷室の腹の止血が先だった。
幸い意識もあるし、急所からは外れていた。
それでも、出血が多ければ命に関わる。
早々に優木を捕らえ、氷室を病院に運ばねばならない。
すると、優木がこちらへ近づいてくる。
「貴方が私を七つの大罪の人間だと分かっていて、店に潜入してきたのは知っていたわ。貴方、自分が思っているよりも七つの大罪では有名なのよ?公安の氷室一巳君」
「そ、んな気がしてた……。お前から……の視線は痛かったからな……」
「貴方達二人も七つの大罪では有名なのよ、あの方のお気に入りだから。浅川……いいえ、東雲一颯君に京汐里ちゃん」
優木は唇を噛んでから口角を上げて笑う。
その笑みには何処か羨望が混じっているようにも見える。
すると、優木は両手を前に出してきた。
「私を捕まえるんでしょう?」
一颯は氷室を汐里に任せ、手錠を取り出した。
そして、優木の手から拳銃を抜いてから手首に手錠をかける。
その瞬間、優木が一颯の手に噛みついてきた。
噛み千切られそうな勢いで歯が肉に食い込む。
「浅川!」
「浅川さん!」
駆け寄ってきた瀬戸と捜査員数人が優木を一颯から引き離す。
優木の口の周りには血がべっとりとこびりつき、噛まれていた一颯の手からは血が滴る。
噛み千切られはしなかったが、皮膚は少しばかり持っていかれた。
「私は暴食!何だって食べてやるわ!」
――何だって食べてやる。
その言葉で最初の事件と風見の事件の遺体の惨状を思い出す。
おびただしい血と切り裂かれた遺体。
想像はしたくはないが、優木はもしかしたら――。
そこで一颯は思考をストップさせる。
この先はあまりにも悲惨すぎる。
優木は瀬戸達に連行されていく。
一颯はネクタイを外すと噛まれた所に巻き付け、とりあえず止血を試みる。
だが、利き手を噛まれたせいか、上手く巻き付けられない。
すると、麗が代わりにネクタイを傷に巻き付け、きつく縛ってくれた。
「いっつ……」
「あ、すみません……」
痛みに顔をしかめれば、麗がビクリと肩を揺らす。
インターン中に勝ち気な彼女のこんな姿を見たのは初めてかもしれない。
今気付いたが、ネクタイを縛ってくれた手は微かに震えていた。