「貴女の好物はいちじくのはずだ。――貴女は優木ちづるですよね?」





一颯の言葉に、安食が驚きで目を見開く。
だが、すぐに冷静を取り戻したようだ。
その代わりに、顔に付けていたと思われる皮膚のマスクを外した。
作られた皮膚のマスクの下から現れたのは先日優木ちづるの顔だった。




死んだはずの優木が生きていることに場は混乱する。
人質となっている麗も殺人現場に居合わせた人物の一人なので、顔面蒼白で「ゆ、幽霊……?」と唇を震わせていた。
幽霊ではない。
この場に優木は存在している。





「何故私が生きてると?」





「アンタ、何か話すとき唇を噛んでから話す癖があるの自分で気付いてたか?そんな癖をやる人は少ないだろうし、俺は一人しか知らない。だから、カマをかけた」





「私はまんまとハメられたというわけね。さすが、刑事さん。先日の優しい雰囲気に騙されたわ」






安食もとい優木はクスリと笑って、人質の麗をこちらへ突き飛ばしてきた。
それを瀬戸が支えれば、麗は兄にしがみつくようにして泣き叫ぶ。
人質を解放した優木は両手を上げて、「降参」の仕草を取る。
一颯は彼女に手錠をかけるために近付いていく。
が、汐里があることに気付く。





「浅川!離れろ!」





汐里が叫ぶと同時に優木が袖口に隠し持っていたナイフで一颯を襲う。
間一髪でナイフを避けた一颯は避けきれず、切れた頬の痛みに顔をしかめながらも優木から距離を取った。





「私は七つの大罪が罪人、《gula》!」






優木が高らかと叫んで上着を捲り上げれば、腹部の辺りにワニのタトゥーが入っているのが見えた。
七つの大罪の暴食の動物のモチーフはワニのようだ。
優木が経営していたレストランの名前もモチーフは七つの大罪に関係していたということに一颯は今更ながら気付き、小さく舌打ちをつく。






ふと、優木の背後に人影が見えた。
そこにいたのは変装していない氷室で、手には拳銃が握られている。
恐らく優木は氷室に気付いていない。
射殺することはないだろうが、拳銃はそうそう抜くものではない。
だが、それだけ七つの大罪は危険だということも分かっている。





そんな時、一颯と氷室の目が合う。
氷室はこくりとだけ頷く。
このまま動くなという意味なのだろうか?
苦手意識のある氷室とのアイコンタクトは読めない。
汐里ならきっと読めただろう。
そう思っていた矢先に、発砲音が聞こえた。




「うっ……」





腹を撃たれたのは優木ではなく、気配を完全に消していたはずの氷室だった。
氷室は腹を押さえ、その場に膝をつく。
一颯と汐里が優木を警戒しながら駆け寄って、一颯が氷室の身体を支える。