「……おい、瀬戸。妹にもう首輪つけとけ。インターンの間、邪魔しかしてないぞ」





汐里は頬に青筋を浮かべながら瀬戸を睨む。
睨まれた瀬戸は「すみません!」と何度も頭を下げた。
実際のところ、そんなやり取りをしている場合ではない。
何せ――。





「京さん、瀬戸。今はそんなことより、彼女の救出と容疑者の確保を考えてください」





一颯は相棒と後輩を睨んで、視線を目の前に向ける。
目の前には安食ミチルと麗がいる。
安食ミチルの手には牛刀があり、それは麗の首に当てられている。
何故か、麗は安食ミチルに人質として捕らえられていた。





何故人質に取られたのかが意味が分からない。
安食ミチルを逮捕に来たら、麗は既に人質になっていた。
どうせ、麗のことだから探偵気取りまたは記者気取り、または刑事気取りで安食ミチルに接触したのだろう。
一颯はそんなことを考えつつ、ため息を吐く。





「お兄ちゃん!助けてよ!」






「助けるから大人しくして、犯人を刺激するな!」





泣き叫び始めた麗に、瀬戸の顔にも焦りが浮かぶ。
人質が騒げば、犯人を刺激してしまう可能性がある。
刺激してしまえば、人質に被害が加えられてしまうかもしれない。
一颯は一か八か、の勝負に出る。





「京さん、ちょっと」





一颯は汐里に耳打ちする。
その話に、汐里は眉間にシワを寄せて今度は一颯に耳打ちした。
こう言った行動が犯人を刺激してしまうのでは、と瀬戸は気が気でない。
妹に何かあれば、父に幻滅されてしまう。
そうなれば、父は――。





「安食ミチルさん、貴女に質問があります」





一颯が安食ミチルに向かって声をかける。
彼の声ではっと我に返った瀬戸は一颯の方を振り返る。
一颯と汐里は何かに気付いた。
焦るしかなかった瀬戸に対して、先輩二人は至って冷静に場の状況を判断していたのだ。





「貴女の好きな食べ物は何ですか?」






事件には全く関係のない話だ。
正直質問の内容なんて何でもよかった。
一颯が確かめたいことはただ一つ。
安食は唇を噛むと、静かに口を開いた。






「私の好きなものはリンゴ」





確かめたかったことが明らかになった。
一颯が知りたかったのは安食の好物ではない。
《癖》、だ。
今安食は話す前に唇を噛んだ。
その様な癖を持つ人は滅多にいないだろうし、一颯の周りにもいない。
だが、一颯はつい先日その癖を持つ人物と会っている。