「向こうも私が奴だと気付いていると分かっているようです。でも、向こうも仕事のようなので、追求はしません」
汐里は一頻り司馬の足を踏んで満足したのか、足を踏むのを止めた。
散々足を踏まれた本人はくっきり革靴に残ったパンプスの跡を擦り、踏まれた足を擦る。
恐らく、麗のインターンを引き受けた恨みも込められていたのだろう。
それだけパンプスの跡はくっきりで、痛そうだった。
「お前、インターンのこと恨んでるな……」
「何のことでしょう?」
「……姉さんに本当にそっくりだな、お前は」
司馬は汐里の母の実弟。
汐里の母の理不尽を子供の頃から味わっている司馬は姪である汐里に近いものを感じているらしい。
弟というものは姉に勝てないのが世の常。
長男で妹しかいない一颯には分からない弟の心情だ。
確かに汐里は母、琴子に似ている。
全てにおいて。
京家のルールは琴子であり、その次は汐里と来る。
それは何度か訪れている京家の恒例行事、餃子パーティーという名のホットプレートパーティーで目にしている。
かかあ天下は家庭が安定するというのは京家に限らず、一颯の実家である東雲家でも言えたことだった。
「浅川、済まんな。こんな理不尽な姪を相棒に宛がって」
「いえ、それはもう慣れましたので。それに、京さんが理不尽なのは今に始まったことではありませんし」
「おい」
「でも、学んだり、助けてもらったりしてるので、相棒に宛がって貰えたことは寧ろ感謝してます」
一颯がそう言えば、汐里と司馬は顔をきょとんとさせる。
そして、二人は顔を見合わせ、口を揃えて「人タラシ……」と呟く。
何気ない言葉で一颯は他人からの好感度を上げる。
それは政治家になっていたら、官房長官である父に勝るとも劣らないだろう。
汐里と司馬の呟きに、一颯は頭を傾げていたので、理解していない。
無自覚なのが一番厄介である。
「浅川、お前は捜査一課より地域安全課とかの方が向いてるんじゃないか?それか、交番勤務」
「いや、俺は捜査一課の刑事ですので」
汐里が言うとおり市民の近くにいた方が一颯は人の良さを発揮できる。
だが、本人は捜査一課の刑事というものに拘りを持っている。
それは幼い頃に汐里の父、太志に助けられたことが大きく関係していることは周知のことだ。
「知ってる。よし、仕事に戻るぞ。司馬課長、失礼します」
楽しげに笑った汐里は司馬に頭を下げて、仕事に戻っていく。
一颯もその後を慌てて追いかけた。
氷室の件と司馬の余計な一言で不機嫌だった汐里の機嫌はすっかり直っている。
――が、それは今だけだった。
一課のフロアに戻れば、麗のワガママが爆発していた。