「さっきのは何だ?」





従業員への聴取後、戻った署内で現場からずっと黙っていた汐里が口を開いた。
その声には明らかに怒気が込められている。
隣にいる一颯は汐里を横目で見れば、彼女が後ろを睨んでいるのが見えた。
後ろには瀬戸兄妹がいる。




「か、京さん、うちの妹が失礼しました!麗、お前も謝れ!」





「何を謝るの?何も悪いことしてないのに。それに、何でお兄ちゃんがそんなへこへこしてるの」





汐里の怒りを察して頭を何度も下げている兄に対して、妹はキョトンとしている。
今では丸くなった瀬戸だが、来た頃は上から目線の父親の威厳頼りのボンボンだった。
それは妹も同じようだ。
一颯は顔をひきつらせている汐里の頬に青筋が浮かんでいるのを見つけ、危険を察知して彼女の背中を押して瀬戸兄妹から距離を取る。





「京さん、落ち着いてください。相手はインターンの大学生です。子供ですからとりあえず、落ち着いて」





「分かってる。でも、何の聴取もしていないうちからあの小娘は『貴方が犯人だ!』なんて探偵気取りか!」






グイグイ押す背中は女性らしく小さく、細い。
一颯は少しだけ力を抜いて、汐里の背中を押す。
折れてしまいそうで怖かったから。





「聴取もせずに犯人が分かれば、警察も探偵も必要ありませんよね」






「まったく、何で世の中のボンボンとお嬢がお前や未希ちゃんみたいな感じじゃないんだ」






「え?」





「何でそんなに驚く。お前や未希ちゃんは決めつけで人を疑ったりしない。人を見下したりしない」





どうやら、一颯は汐里のことを誤解していたようだ。
彼女は一颯をボンボンとたまに言っているが、瀬戸兄妹へ向けられているものとは違っている。
その違いが分かりづらい辺りは汐里の不器用さが窺えた。
それでも、一颯は汐里が自身の本質を捉えてくれているのが嬉しかった。






ふと、後ろから瀬戸兄妹の喧嘩が聞こえてきた。
「お兄ちゃんがもっと頑張ってよ!」「頑張ってるよ!それなのに、お前が……」「あたしが悪いの!?」「「パパ(父さん)に言いつけてやる!」」
そんな喧嘩が聞こえてくる。