「それ、ワニですか?」
「え?あ、これはうちの店のロゴマークみたいなものです」
一颯は優木の返答に「なるほど」と頷く。
何故だろうか、何か引っかかる。
引っかかりを抱えつつ、一颯は再び水を飲んだ。
すると、突然皿を割るような音がした。
つい、音がした方を見てしまった。
そこでは新人と見られる店員がグラスを割っており、慌てて片付けているようだった。
店員が手で割れたグラスを拾おうとしているものだから手を切ったようで、手を引っ込めるのが見えた。
それを見た一颯は駆け寄ってハンカチを渡す。
「素手は危ないですよ。これ、使ってください」
「え、あ……でも……」
店員は一颯と同世代の青年で、突然差し出されたハンカチに戸惑っているようだ。
無理矢理に近い形でハンカチを渡すと、青年と視線がバチリとかち合う。
聡明そうなのに何処か食えない目だった。
何処かで見覚えのある眼差しだった。
「あの、俺と何処かで会ってます?」
「い、いえ、初めてだと思いますが……」
青年は視線を一颯から離すと、受け取ったハンカチで切った指を押さえた。
一瞬公安の氷室に似ていると思ったが、気のせいだろう。
氷室はこんなに気弱ではない。
もっと食えない感じで威圧感のある感じだったはずだ。
すると、フロアのチーフと思われる人物が駆け寄ってきて、一颯に頭を下げてきた。
怪我はないか、水などはかかってないかと言われたが、一颯自身は平気だった。
それよりも青年の指のケガを心配してやってほしい。
「俺は平気なので、彼の手の治療を」
「はい。室井君、一度バックヤードに下がって治療しておいで」
「はい」
青年がバックヤードに下がったのを見届けて、一颯はチーフにこそりと「叱らないでやってくださいね」と耳打ちする。
新人がミスするのは当然のこと。
マナー的には問題なのかもしれないが、それを叱るのは新人の成長を妨げる可能性もある。
と思いつつも、一颯は汐里からはボロクソ言われたし、瀬戸にも厳しく言っている。
あくまで成長を妨げる可能性もあると思うのは異なる職種だからなのかもしれない。
「一颯、そろそろ帰るわよ。明日も仕事なんでしょう?」
母に呼ばれ、一颯はテーブルの方へ戻る。
会計を済ませて店を出ようとしたら、出入り口のところに先程の青年がいた。
彼は深々と頭を下げて、一颯達を見送っている。
手にはしっかり治療を終えた跡が、絆創膏が貼られていた。