「美味かっただろう?久宝首相のおすすめの店なんだ」





一颯は両親と妹と共にカジュアルレストラン、gulaで食事をしていた。
今日は母の誕生日で、たまたま仕事が早く片付いた一颯は何年か振りに家族水入らずの誕生日会に参加だった。
gulaという店は現役の総理大臣が勧めるだけあって、美味しかった。
カジュアルな雰囲気だが、品がある。
そういった店だった。





「久宝首相がこういうカジュアルレストランに来るなんて意外だな」





「久宝首相は意外と庶民派だぞ。一颯、お前は政治家は贅沢な生活してると思ってるな?」





「実際俺の子供の頃はそういう生活だった。なぁ、未希?」






「うん。でも、東雲の名前に傷は付けられないし、それなりの品位がある生活は大事かもしれないとは思う」






未希の言葉に、久寿は「だってさ」と言わんばかりの顔を一颯に向ける。
一颯は職場で同僚との価値観の違いにたまに驚かされるので、出来るだけ私生活は質素に暮らそうとしている。
刑事の給料は政治家に比べれば低いし、庶民的な生活をしなければやっていけないということもある。
だが、一颯にはそれが意外にも苦にはならず、寧ろ楽しいとも思えた。




「俺は庶民的な生活が楽。だから、変なゴテゴテのコース料理よりこういう店が良い」





「お気に召して頂けたようで幸いです」





グラスの水を飲む一颯の隣にスッと一人の女性が現れた。
その人物こそがgulaのオーナーシェフ、優木ちづるだった。
年齢はまだ三十代半ばと言ったところだろう。






「東雲様がご家族でいらっしゃっているとチーフから聞き……。こちらが奥様とご子息とご息女ですね」





「ええ。妻や娘はもちろん、息子は大変料理を気に入ったようです」





「美味しかったです。特にメインの和牛ステーキが。あのソースっていちじくですか?」






一颯は優木の方を向き、頭を下げる。
メインの和牛のステーキにはいちじくのソースがかけてあり、酸味と甘味が絶妙で重くなりがちなステーキがあっさりと食べられた。
多忙を極めながらも休みをもぎ取る為に働きづめ、胃が不調気味だった一颯でもペロリと食べた。





「はい、うちの店は料理全てにいちじくを取り入れさせて頂いています。私がいちじく好きなもので」






優木は唇を噛むと、照れ臭そうに笑う。
話す前に唇を噛む、それは彼女の癖らしい、
ふと、一颯は優木のコック服の胸のところにあるマークを見つけた。
それはワニが口を開けた状態をモチーフにしていて、口の所にある店名であるgulaを食べようとしているようにも見えた。