「ありがとうござ――」





「……うちの嫉妬(invidia)が世話になるよ。あの子は更生できるだろうかね」





店員が一颯に耳打ちをして来る。
一颯は店員の方を見るが、店員はすぐにいなくなってしまった。
慌てて追いかけようとしたが、一颯に酔っ払いの赤星が絡み付く。
あの声は間違いなく神室だった。





「赤星さん、離して下さい!」





「いーやー!」





「ウザイ!離れろ!」





「やーだー!」






一颯はいつまでも絡み付いている赤星に先輩だが、酒の席は無礼講。
手加減なしに暴言を吐き、無理矢理引き剥がす。
気持ち悪い「いやん」という声がしたが、無視だ。
ポメラニアンみたいな顔をした彼だが、いい年した男が「いやん」はキツイ。





「赤星、キモい」





「あんまり絡むと嫌われるぞ」






「さすがにいやんは無いですね」





汐里達のそれぞれの毒を聞きつつ、一颯は店員の後を追いかけた。
だが、その店員の姿は何処にもなかった。
神室は此処にいるはずだ。
それなのに、見つからない。





「どうなさいましたか?」





「あの!さっきあの部屋にジンジャエールを届けた店員は!?」






通りかかった店員に一颯は詰め寄った。
ふと、その店員が持つグラスの飲み物に目が行く。
それは炭酸がシュワシュワと泡立ち、微かに生姜のような香りがする。





「今、ご注文のジンジャエールを自分が届けようとしていたところです」





店員が持つのはジンジャエール。
既に届いているもの。
一颯は意味不明な状況に、混乱した。
神室は確かにいたのに、今存在していない。
思えば、奴は神出鬼没。
見つけてものらりくらりいなくなってしまう男だ。






「……お前が他人を心配するとはな」






一颯は何処かにまだいるかもしれない神室に向かって呟く。
神室に言われずともあの少年はきっと自ら更生するだろう。
それは彼ではなく、汐里のお陰だ。
一颯は頭をガシガシとかくと、汐里達の元へと戻った。