――が、いきなり立ち上がった一颯に、汐里達はビクリと肩を揺らして、会話を止める。
立ち上がった一颯は明らかに動揺していてた。
国会議員の虐待事件に関して何かあったのかと周りは思う。
だが、実際は違った。
『いやな、娘がいる議員達がお前の嫁にうちの娘を、ってうるさくてな。ざっと20人はいるぞ。パーティーの時の言葉でお前なら絶対に娘を幸せにするって酷く気に入ったらしい。親バカも大概だな』
動揺した際にディスプレイのスピーカーボタンに触ったようで、楽しげな久寿の声がした。
その声は官房長官としての凛としたものではなく、息子を弄って楽しげな父のものだった。
恐らく、久寿は一颯がどう反応するか分かっていて、この話をしているのだろう。
『俺と雅は早く孫が見たい。未希を嫁にやるのは早いし、嫌だから一颯が結婚して、孫作れ』
久寿も大概、親バカである。
ついでに言えば、汐里達が聞いているとは露知らず、赤裸々な話をしている。
ちなみにその話を聞いている汐里達は必死に笑いを堪えるために悶絶中である。
『写真送るか?それで、選ぶか?それとも――』
「そういう話なら電話切る!」
一颯は散々話を聞いてから久寿との通話を切った。
既に周りには筒抜けだというのに。
フーフーと威嚇する猫のように鼻息を荒くした一颯に、汐里達はとうとう我慢出来なくなった。
どっと汐里達の爆笑が再び響く。
「見合い話か!」
「てか、東雲官房長官があんなキャラだと思わなかった!」
「何か親近感。で、見合いするのか?」
上から赤星、瀬戸、椎名。
汐里は笑いが止まらないようで、畳に笑い転げている。
一颯は他人事なのに楽しげな先輩と後輩に、苛立ちを抱く。
だが、感情的になっては先輩と後輩に茶化されるのが増すだけだ。
「受けませんよ。政治家の娘が刑事の妻になるのは辛いと思いますから」
「そんなことないだろ。それとも、好きな人でもいるのか?」
ようやく笑いが治まった汐里は涙を拭いながら一颯を見た。
好きな人……。
人並みの恋はしてきたが、今はいない……とも言い切れない。
一颯自身は自覚はないようだが、《好きな人》という言葉で彼が見たのは汐里だった。
「……好きな人はいませんが、今は結婚とか考えられません」
一颯の視線に気付いたのは赤星と椎名、瀬戸だ。
三人はニヤニヤと生暖かい目で一颯を見ていたが、彼に「ニヤニヤして気持ち悪い」と毒を吐かれてスン(´・ω・`)という顔をしていた。
「なんだ、つまらない」
汐里は本当に詰まらなそうな顔をして、ハイボールを飲んだ。
彼女は一颯の視線に気付かなかったようで、それもそれで哀れに映ったのか赤星達の同情の眼差しが向けられた。
すると、一颯が注文していたジンジャエールを店員が持ってきた。