「だから、放火をしたっていうのか?」





一颯がぐっと胸ぐらを掴む手に力を込める。
だが、可我士の表情は変わらない。
まるで、聞くなよ?と言っているようだった。
可我士は一颯と汐里、瀬戸を冷めた目で見た。







「愛情を目一杯貰ってるアンタには分からないだろうな、俺の気持ちが。愛されてたのに、愛されなくなった俺の気持ちが。ああ、アンタ達も分からないか。愛されることが羨ましく思う奴の気持ちなんか」





「分からないよ。でも、それが人を殺して良い理由にはならない」






「それは愛されてる人だから言える綺麗事だ。俺の気持ちを分かってくれるのはあの人だけだ」






可我士は一颯を突き飛ばすと、またポケットをまさぐる。
そして、取り出したのはナイフだった。
一颯達は身構えるが、そのナイフが一颯達を襲うことはなかった。
可我士は自らの首にナイフを当てていた。






血が首から噴き出す。
その光景が親友の死の瞬間と重なる。
一颯は咄嗟に動けなかった。
可我士の首に刃が食い込む――瞬間、そのナイフを汐里が握りしめて止めていた。
刃を握りしめた汐里の手から血が滴る。




「京さん!?」





「この馬鹿が!」





一颯が駆け寄ろうとしたら、汐里が空いている手で可我士の頬を平手打ちする。
頬を平手打ちされた彼は驚いて、目を見開いていた。





「何故虐待を受けた時点で警察に言わないんだ!?これだけの証拠があれば、警察は動く!」





汐里が掴んで引き上げた可我士の腕には痣や切り傷の痕、煙草の火を押し当てられたような痕が残っていた。
それも、新しいものから古いものまで。
転んだだけでは出来るようなものではない。




「どうせ、金で揉み消される……」





「そしたら、何度でも助けを乞え!必ず誰かが手を差し伸べるから!助け出してくれるから!」





「でも……」






「お前はまだ子供なんだ。一人で抱えるな……。何故神室なんかを頼ったんだ……」





もしかしたら、汐里は可我士を犯罪を犯した恩師と重ねているのかもしれないと思っていた。
だが、実際は違うようだ。
彼女が重ねていたのは未成年の少年、彼女の弟たちの姿だったのかもしれない。
まだ子供の彼らが犯罪を犯すほど苦しんでいることに、助けを求められないでいたことに気付けなかったことを彼女は悔やんでいるのかもしれない。







「馬鹿だな……」





汐里が可我士の頭を撫でてやれば、彼の目には涙が浮かぶ。
頬に涙が伝う頃には嗚咽を上げて、泣いていた。
まるで、母親にすがる子供のように。
そんな可我士の背中を汐里は優しく撫でていた。
まるで、子供をあやす母親のように――。