それからしばらくした頃。
一颯は久寿の知人の挨拶の波から抜け出して、パーティー会場を出たところにあるロビーのソファーにぐったり座っていた。
現役の官房長官だけあって、顔が広い。
挨拶を交わした中には現総理大臣の久宝公武もいた。
「大変だな、東雲一颯に戻ると」
一颯の目の前にグラスに入ったウーロン茶が差し出される。
顔を上げれば、ウェイター姿の汐里と瀬戸が立っていた。
気が緩んだ一颯はウーロン茶を受け取り、きっちり締めていたネクタイを緩める。
「だから、戻りたくなかったんですよ。早く浅川に戻りたい……」
「お前は何があろうと、東雲一颯だよ」
「へ?」
「何でもない。それより、さっき久宝首相と何話してたんだ?」
汐里は意味深なことを言いつつも、すぐに話を反らしてしまった。
一颯のことよりも現総理大臣との会話の方が気になるらしい。
何せ、久宝は歴代でも最長で首相を務めていて、《日本に久宝あり》と海外に言わしめる程の切れ者でもある。
その下にいる久寿も切れ者だが。
「え、ただ挨拶をしただけですよ。あと、刑事ドラマが好きだから捜一にいるのが羨ましいって。ちなみに好きなドラマは某バディ系のやつだって」
「へぇ、久宝首相って意外と庶民的なんですね。そのドラマって水曜九時の長寿ドラマですよね?」
瀬戸は食いぎみにそう言って、「俺は神戸さんの時に親近感を抱きました」と笑う。
確かに、と一颯は内心思う。
一颯自身も当初は現場馴れしていなくて死体が苦手だったエリート出向の彼に似たものを感じていたが、今はどちらかというと捜一の三人組に同調してしまう。
邪魔すんな、って言っていたのがよく分かる。
他の課が、特に公安が来るとイラッとする。
「あと、眼鏡をかけた小学生探偵の漫画は娘さんと観てるって言ってた」
「がっつり話してるじゃないか。しかも、かなりの雑談」
汐里は一颯の頭をぺしっと叩く。
こういった関係のない話を挨拶代わりにしてきた《東雲一颯》からしてみれば、挨拶とも取れる話は他人からは雑談になるようだ。
真剣に相手に寄り添う《浅川一颯》にはない一面だった。