一颯は何度目か分からないため息を吐きながら実家の廊下を歩く。
あれから結局椎名達のゴリ押しに負け、一颯は官房長官である父、久寿に連絡を入れた。
多忙である久寿が時間を取ってくれるとは思っていない。
だが、たまたま久寿は自宅におり、被害者の話をする時間を取れるとのことだった。
「浅川、本当にボンボンだったんだな」
「本当に高級旅館……。うちなんか民宿だわ」
一度訪れたことがある椎名と赤星とは違って、初めて東雲邸を訪れた汐里と瀬戸は感嘆の声をあげる。
署長の息子である瀬戸の自宅もそれなりに広いようだが、東雲邸には劣るとのことだ。
汐里と瀬戸の言葉に、玄関で出迎えてくれた一颯の妹の未希がクスリと笑った。
そして、げんなりしている兄を見上げる。
「お父さんと会うのがそんなに嫌なの?それとも、この二人を会わせるのが嫌なの?」
「どっちでもない。ただ、俺は実家の権力を知られるのが嫌なだけ」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんの周りの人達はうちの名前に乗りかかるような人たちじゃないよ」
未希が会ったことがあるのは今いる二人と赤星と椎名だけだ。
それなのに、一颯の周りにいる人達が権力に肖るような人間ではないことを見抜いている。
最初はマウントを取ってきていた瀬戸も最近はそう言った行動はない。
「分かってるよ。で、何で父さんは家にいたんだ?仕事は?」
「今夜パーティーがあるみたい。だから、お兄ちゃんも――あっ!?」
未希はしまった、という顔をする。
しかし、それはもう遅かった。
一颯は顔をひきつらせて身を翻すと、来た廊下を戻ろうとした。
そんな彼を未希は袖を掴んで止める。
「待って待って!帰っちゃやだ!」
「離せ、未希!俺は帰る!パーティーなんかに出てる暇なんか無い!」
「お父さん、この日のためにお兄ちゃんをどうやって呼び出すか悩んでたんだよ!?政治家やってるときより真剣な顔で!」
「仕事を真剣にしろよ!?」
珍しく声を荒上げる一颯の反応を見る限り、余程パーティーに出たくないようだ。
汐里と瀬戸は他人事のようにそれを見ていたが、廊下の向こうから来た久寿とその妻、一颯の母である雅の姿に敬礼する。
「騒がしいわよ、一颯。未希」
「お母さん!お兄ちゃんがパーティーに出ないって帰ろうとする!」
未希の訴えに、雅の眉がピクリと動く。