「裏切らないでね、か」
瀬戸は書類を書く手を止めて、ポツリと呟く。
脳裏にはカフェで楽しげに笑っていた色島の顔が浮かんでいる。
あれも裏切られないためについた演技だったのだろうか?
それは色島が死んだ今、もう考えても分からないことだ。
「どうした、瀬戸?」
始末書で頭を抱える一颯が瀬戸の呟きに気付き、彼の方を見た。
一颯の隣で同じく始末書で頭をかきむしっている汐里も続くように、瀬戸の方を見る。
始末書の内容はいわずもながな、車を廃車にしたことだ。
結局、文字通り体当たりで車を停めたから直るものも直らず廃車になった。
「いや、色島が言ってたんですよ。殺された人たちは私を裏切ったから殺した、私を裏切らないでねって」
「……色島の人生は裏切られ続けていたのかもな。無戸籍に年齢、生年月日不明。もしかしたら、色島は親に捨てられた孤児だった……。だとしたら、色島は生まれた頃には既に裏切られてる。実の親に捨てられるという形で」
両親が健在で愛されて育った一颯には親に捨てられるという感覚がどんなものかは分からない。
だが、無償の愛を与えてくれるはずの親から捨てられた絶望は計り知れないというのは分かる。
裏切られた、と思ってもおかしくはない。
「《七つの大罪》の、神室の仲間になったのが色島にとって幸せだったのかもな。形は歪だが、神室は殺人犯の仲間として色島を求めたんだからな」
一颯に限らず、汐里や瀬戸も色島の気持ちは分かってやれない。
ただ、仲間として色島が慕っていたであろう神室が最期に彼女に与えたのが裏切りであることは間違いないない。
彼女は最期に感じたのはやはり、裏切りによる絶望だったのだ。
「神室志童って何なんですかね……」
ポツリと呟いて机に突っ伏した瀬戸に、一颯は何も言えなかった。
神室志童という男がどんな男なのかは一颯も分かっている。
だが、分かっていても止められないのだから何も言えない。
「神室志童は犯罪者、それだけだ。私達が逮捕するに値する犯罪者だ」
汐里は瀬戸から視線を外すと、始末書を書くことに集中する。
彼女の言うことは最もだ。
神室志童を逮捕する。
難しいことは考える必要はない、一颯達がするべきことはそれだけだった。