とある病院の一室。






「それで、一颯君は刑事を辞めないと?」







そこにはベッドに上半身だけを起こしている久寿と一人の男がいた。
病院着の久寿とは異なり、男は仕立ての良いスーツに身を包んでいる。
風貌も何処か久寿に似ているようにも思える。





「辞めるわけがないだろう。一颯は俺に似て頑固なんだ、余程の理由がないと辞めないさ」






「父親が死にかけたのに?今後またこんなことが起きて、お前に何かあったとき、東雲を継ぐのは一颯君しかいない」







「……本当は背負わせたくは無いんだがな。一颯や未希には何も知らず、普通に生きて欲しかった」







久寿は悲しそうに笑っていた。
二人の子供達には自身が背負う《重荷》を背負って欲しくない。
そう願いながら、久寿は二人の子供達を育てた。
長子で跡取りの一颯には跡を継いで欲しいと願いながらも継いで欲しくないと願った。





一颯が刑事になりたいと言ったとき、反対しながらも喜んだ。
自身と同じく《重荷》を背負わせずに済むと。
だが、そうなれば、《重荷》は娘の未希に行ってしまう。
未希はこの《重荷》を背負うには優しすぎる子だ、きっと《重荷》に潰されてしまう。





「久寿、それは俺も同じだ。(あまね)にこんな《重荷》を背負わせたくはない。三月や紗良だって同じだ。誰も我が子に苦しんで欲しくはない。だが、これは寿永に、三名家の血筋に生まれた者の宿命だ」







「宿命、か。それは残酷な言葉だな、(たくま)







久寿は室内の一角に目を向けた。
そこにはすっかり空気と化していたが、侑吾がいて、冷たい目で久寿と逞を見ていた。
軽蔑、嫌悪、忌まわしい。
そんな感情が侑吾の視線には込められているように思えた。





「君には感謝している。《彼ら》が動くにはそれなりにフォローが必要だったんだ。辛かったろう?」







「父は十年以上前に死んでいます。今更何も感じません。ですが、貴方がたがしていることには反吐が出る。……父が警察が腐ってると言っていた理由がよく分かる」





侑吾は逞を睨み付けた。
侑吾と久寿は協力関係にあり、それは捜査をするためのものではない。
表には出せない犯罪を揉み消す為の協力関係。
警察にも久寿達の方にも利点のある関係だが、やり方は心底軽蔑してしまう。