「あー、意味不明……」
汐里は考えるのを放棄したかのように車の座席に沈み込む。
父と叔父が殺された。
それは汐里にとって衝撃なのだろうが、表に出せるような事件ではない。
警察内で人が殺され、ましては死んだと思われていた男が生きていたなどと公になれば、面白おかしくメディアに取り上げられるのは目に見えている。
「悲しくないんですか……?」
一颯はつい、そんなことを聞いてしまう。
身内が死んだというのに彼女からは悲しみを感じられない。
寧ろ、既に割りきっているようにも見える。
親の死を悲しまないわけがないのに、汐里は悲しそうに見えない。
端から見れば、薄情な娘に見えてしまうだろう。
「悲しくない。父は十年以上前に死んだ」
汐里の中では太志は十年以上前に死んでしまっている。
つい先日殺された太志は太志でありながらも汐里が知っている父ではない。
犯罪を神室に促した、犯罪の根源でしかない。
罪を裁かれるべき人間だった。
それだというのに――。
『次のニュースです。イタリアから来日中のロッソ首相と三名家の当主三方と会談、藤邦が進める最先端医療について――』
ふと、流していたラジオからそんなニュースが流れてきた。
三名家――。
藤邦 寿永、蓬條の名家の総称で、各界のトップいる一族だ。
その血筋は皇族に勝るとも劣らないとされ、この日本にいて知らぬ者がいないとされている。
「そういえば、寿永と東雲って親戚じゃなかったか?」
「はい、父方の祖母が寿永の生まれです。現当主と父は従兄弟になりますね」
「……お前の血筋が怖い。本当にボンボンなんだな」
「いい加減その言い方止めてもらえます?」
一颯と汐里はラジオから流れるニュースを聞くことなく、そんな会話をしていた。
――二人は知らない。
太志が言っていた言葉の本当の意味を。
《腐りきった警察》
《正しさと罪は終わりのない負のスパイラル》
その意味を知った時。
一颯と汐里は自分自身の、警察官としての正義を見失うことになるだろう。