「私が聞くのもおかしいことですが、東雲官房長官の容態はいかがですか?」
小春が泣き疲れ、小雪の膝で眠った頃に小雪は一颯にそう問いかけた。
久宝に刺された久寿はまだ目を覚まさない。
いい加減目を覚ましてもいい頃なのだが、目を覚まさないのは急所を外れていたものの出血が多かったせいだろうと医者は言っていた。
それにしたって、一週間以上は長すぎる。
「まだ目を覚ましてませんが、そのうち目を覚ましますよ。普段不摂生な生活をしていたのが祟ってるんでしょうから」
「浅川、それ、そのうち自分にブーメランみたいに返ってくるぞ」
「返ってこないように休みの日は死んだように寝溜めしてるので」
捜査一課にいれば、生活は不規則になる。
仕事で家に帰れないのはザラだし、帰れても疲れを取ることに一颯は重点を置く。
それでも、休みでも呼び出されたりするので、よく忙しすぎて彼女にフラれた、妻や子に拗ねられたと同僚が話しているのを耳にする。
その点では久寿は政治家という多忙の中でも、家族サービスを忘れなかった。
子供の一颯がいつ休んでいたのかと思うほど、久寿は多忙で、家にいるときは家族と共に過ごすことが多かった。
家族思いの優しい父親だったのだと実感させられた。
「父よりも小雪さんや小春ちゃんは大丈夫ですか?その……」
「正直言って、夫のしたことを未だに信じられません。私も小春も夫の本当の性格を知りませんでしたし、家では優しい夫であり、父親だったので」
「光生君のことは?」
「庶子がいることは聞いていましたし、光生君に会いたいと言ったのは私なので。母親を失くしたのなら引き取っては?と提案もしました」
小雪はあの久宝が選んだとは思えぬほど出来た女性だった。
本来ならば庶子など気に入らないであろうに、母親を失くしたからと引き取ろうと提案もしている。
だが、こうも取れる。
こんな風に出来た女性だったからこそ、久宝は選んだのかもしれない。
≪何か≫起きたときに良い証言をしてくれるであろう、と踏んで――。
一颯は複雑な気持ちになった。
話を聞く限り小雪は逮捕された久宝のことを今でも信じている。
夫は優しい人で、犯罪など起こすはずがないと。
だが、それは久宝の本当の姿ではないことを分かっている一颯達にとっては信じている彼女が憐れに感じられる。
ふと、汐里のスマートフォンに着信が入った。
少し離れた場所で電話に出た汐里の顔がみるみる険しいものへと変わっていく。
二言ほど話して電話を切った汐里は険しい顔のまま、一颯を見た。
「どうしたんですか?」
「護送中の久宝が公安の包囲を突破して、逃走した」
一颯は息を飲む。
久宝が逃走した。
それは悪夢のような出来事の始まりだった――。