「んだと……」





それを聞いていた汐里が氷室の胸ぐらを掴みながら、瀬戸の方を見た。
それに続くように一颯も視線を向ける。





「これ以上彼を庇うようならば、貴方がたも――」





「分かりました。行きます。あと、この人達は関係ありません」








瀬戸は捜査官達の方へ歩き出すと、一颯達の方を見た。
小さく笑って、頭を下げる。
まるで、「庇ってくれて、ありがとうございます」と言っているようだった。
口に出してしまえば、捜査一課の刑事達も関与を疑われかねない。
一颯は瀬戸が捜査官達と共に出ていくのを唖然と見ていることしか出来なかった。





「……誰の差し金だ?兄か?うちの捜査を邪魔するな」






そんな一颯を他所に、汐里は怒りをぶつけるように氷室の胸ぐらを掴んで離さなかった。
彼女には氷室が瀬戸の元へ来たのは兄の差し金と踏んでいる。
兄は氷室達の直属の上司、そう捉えるのが無難だろう。
怒りをぶつけられている氷室は至って冷静で、それが汐里を余計に苛立たせる。






「答える義理はない。それに、七つの大罪は元々公安の捜査対象だったんだ。殺人だからとしゃしゃり出てきたのは捜一の方だろう」






「しゃしゃり出てきただと?」






「それに加え、捜一はこの件に関しての捜査は打ち切りにされているはずだ。勝手に捜査を続けていたのなら問題だな」





氷室は胸ぐらを掴む汐里の手を離し、一颯の方を見た。






「浅川君の父親の件は公安で久宝の取り調べを行う」






「……貴方は父が京警視の協力者であったことを知っていたんですね」






「さて、何のことかな」






氷室の余裕そうな顔に、一颯は奥歯を噛み締める。
悔しかった。
全てにおいて氷室が自分より上手なことが。
すると、汐里は氷室の頬を平手打ちする。






「……幻滅した、お前がそんな奴だとは思わなかった。さっさと帰れ。不愉快だ」






氷室の顔には一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに顔を繕い、先に行った捜査官達の後を追った。
戸惑いが残る捜査一課のフロアに、けたたましい物音が響き渡る。
赤星達はハッとして物音がした方を見た。
また汐里が何かを蹴飛ばしたかと思いきや、一颯が椅子を蹴飛ばしてうつ向いていた。






「あ、浅川……?」






椎名が恐る恐る声をかける。
一颯が物に当たることは滅多にない上に、こんな感情的になることすら珍しい。
さすがの元ヤン椎名でも驚きが隠せず、声をかけた際は声が裏返ってしまった。
一颯はうつ向いたまま、ピクリとも動かない。









「……私は無力だな」






そんな汐里の言葉に、一颯は顔を上げた。
顔を上げた一颯の頬には悔しさから流れた涙が伝っており、汐里はそんな彼の姿に苦笑いを浮かべる。
警察という権力を持ちながらも一颯達は無力だった。
仲間も守れず、加害者家族に寄り添うことも出来なかった。
一颯は無力さを噛み締めるように唇を噛んだ。
血が滲むほどに――。