「瀬戸、お前が妹を守りたかったのは俺も妹がいるから分かるよ。でも、やって良いことと悪いことの分別はつけろ」






「はい……」






「ってことで、一発殴らせろ」





「「「は?」」」






脈絡が無いのは一颯も一緒だった。
一颯は先ほど汐里がしていたように腕をぐるぐると回している姿に、瀬戸だけでなく、汐里と篁も呆気を取られていた。
男の一颯と女の汐里の力の差はあるので、手加減なしに汐里に殴られたとしても一颯よりはましのはずだ。
だが、一颯は殴る気満々だ。





「ちょっあ、浅川さん!ストップ!」





「何だ、俺に殴られてもおかしくないことをお前は、お前の父親はしたよな?」






「っ!?」






「……分かってるなら歯を食いしばれ」






一颯は拳を握り締め、歯を食いしばった瀬戸の顔面に向けて振り下ろした。
かなり勢いがついている。
汐里はさすがに止めようと足を踏み出すが、すぐにその場に止まった。
一颯の振り下ろした拳が瀬戸の顔面スレスレで止まったからだ。






「な、ぐらないんですか……?」






「殴りたいよ。でも、お前を殴ったところで父さんが目覚める訳でも久宝が捕まる訳でもないからな。守秘義務違反の罰は京さんに任せるよ」






瀬戸を殴っても何の解決にもならない。
彼は全てを話したが、犯した罪が消えるわけがない。
寧ろ、身内が犯した罪が瀬戸自身の一生を狂わせ、一生背負わなくてはならない業へとなってしまった。
そう考えると、酷なことだと同情してしまう。






汐里はほっとしたように小さく息を吐いて、瀬戸の前に移動して胸ぐらを掴んだ。
そして、手加減なしに平手打ちした。
静かな待合室にパァンという軽快な、かつ痛そうな音が響く。
こういう時の汐里は本当に手加減を知らないので、平手打ちをされた瀬戸は少しよろけていた。





「相変わらず手加減なしですね」






「当たり前だ。一発で済んだことに感謝しろ」





汐里の平手を何発も食らえば、頬は膨れ上がり、真っ赤になってしまうだろう。
まだグーじゃないだけマシとも取れるが、彼女の鉄槌に関してはグーでもパーでも痛いことには変わりない。
かといって、チョキだったら目を完全に潰されそうで怖い。






「よし、瀬戸を殴って満足した。あとは署に戻って、司馬課長に久宝の捜査継続を直談判する」






「あと、父の癒着に関する捜査もお願いします」






瀬戸の目にもう迷いはなかった。





「なら、いつまでも座り込んでないで立て」







一颯と汐里は顔を見合わせて笑うと、一颯が瀬戸に手を差し出した。
何かに躓いて立ち止まっても誰かが手を差し伸べ、助けてくれる。
その有り難さを瀬戸は噛み締めながら一颯の手を借りて、立ち上がった。