「浅川!走るな!」
汐里は前を走る一颯に怒鳴る。
だが、一颯は聞こえていないかのように廊下を走り抜けた。
今、二人がいるのは大学病院だ。
小春から話を聞いて、署に戻ろうとしていた一颯の元に母から電話が入ったのだ。
父が何者かに刺されて重体だ、と。
そこから車を法定速度内で飛ばし、一颯と汐里だけ院内へ走った。
瀬戸も共に来ていたのだが、彼は後部座席で顔を青くしてうつ向いていた。
手にはスマートフォンが握られていて、ディスプレイを見て青ざめていたようにも見えた。
「母さん!未希!」
母と未希がいたのはICUの前で、母が泣いている未希を支えていた。
一颯は二人の元に駆け寄り、ICUのガラス越しに父の姿を見た。
人工呼吸器をつけ、たくさんの管が身体に繋がれた変わり果てた父の姿に、一颯は息を飲む。
すると、汐里が遅れてやって来て、その横には何故か篁の姿もあった。
「何で篁さんが……」
「彼女が執務室で倒れてるあの人を見つけて、通報してくれたのよ」
母の話によれば、父は執務室で篁と話したあとに何者かに刺されたらしい。
秘書である父の弟は不在で、篁が伝え忘れを思い出して戻らなければ父は失血死していただろうという医者の話だった。
篁は父の命の恩人だ。
だが、一颯は疑いの目を篁へ向けた。
「篁さんは父に何の用があったんですか?今日を始め、ここ数日は警護が必要な催しは無いはずです。それなのに、貴女は何で父の所へ?」
「それは言えません」
「何故ですか?」
「それは――」
「東雲官房長官が兄の協力者だから、ですよね?そして、貴女は警視庁のSPではなく、公安の刑事ですよね?」
一颯の尋問のような問いかけに答えたのは汐里だった。
「此処ではあれだから……」と一颯は母と未希をその場に残し、汐里に促されるがまま篁と三人で場所を移動する。
移動したのは診療を終えて人がいない待合室で、汐里は動転している一颯を座らせるとその向かいに篁を座らせた。
そして、その間の通路に汐里が立つ。
「浅川、落ち着いたか」
「はい……。篁さん、まずはお礼を言うべきなのに疑ってしまいました。すみません。父を助けてくださり、ありがとうございます」
「いえ……。私が一番に疑われるのは当然です。最後に接触したのが私ですし」
少し時間が経って落ち着いた一颯は篁に頭を下げた。
刑事としては一颯のしたことは間違いではないだろう。
だが、人としては間違いだった。
父の命の恩人を疑うなど言語道断で、きっと後で母に拳骨を落とされるだろう。