「お父さんのこと?」
汐里は小春に久宝のことを尋ねていた。
口が滑っても父親が犯罪者の可能性があることは言えない。
だが、子供は無邪気さは違う。
何気なく口にしたことが核心をついている場合があって、それを無邪気に無意識に口にする。
子供の性格を分かった上での問いかけは良心が痛むが、犯罪を止めるには仕方ないことだった。
「そう。皆から凄い頼られてるから家でもそうなのかなって思って。私達も久宝首相は凄い人だなって思ってるんだよ」
「正義の味方に凄い人だって言われてるお父さんは凄い人なんだね!家でも私とお母さんに優しいよ!お兄ちゃんにも優しいし!」
やはり、無邪気とは恐ろしい。
綾部光生という少年は小春の兄で久宝の庶子だが、公にはされていない。
それなのに、小春は会ったばかりの一颯達にいるはずのない兄の存在を教えている。
だが、小春が言っているお兄ちゃんが光生ではない可能性があるので、狡い手を今度は一颯が使う。
「お兄ちゃん?小春ちゃん、お兄ちゃんいるの?」
「あ、これは内緒だったんだ。でも、本当は内緒なんだけど、正義の味方の刑事さんには教えてあげるね。私にはお母さんが違う綾部光生っていうお兄ちゃんがいるんだ」
一颯と汐里は良心が痛んだ。
刑事をやっていて、こんなにも良心が痛むのは初めてだった。
容疑者の情報を聞くために身内を利用して聞き出す。
それは幾度となく行ってきたのに、子供相手だとこんなにも良心が痛むとは……。
「胸が痛い……」
「交番勤務の時に中学生とか補導したりしてたのにこんなに良心が痛むなんて……」
「どうしたの?汐里ちゃん、一颯君?」
良心が痛んで苦しむ一颯と汐里に、朝陽と小春の無邪気な良心が更に苦しめる。
だが、苦しんでいては仕事にならないので早々に立ち直った。
そして、質問を再開する。
「そっか。お兄ちゃんのこと、好き?」
「うん!でも、最近お兄ちゃんと会えてないんだ。前はお母さんと私と一緒にご飯とか食べてたのに……」
久宝の妻はよく出来た女性のようだ。
本来愛人の子など受け入れられないだろう。
だが、久宝の妻は葛藤はあったであろうが、夫が外で作った庶子である光生を受け入れていた。
そのような女性が母であれば、小春のような暖かい子が育つのも頷ける。
だが、同時に久宝が妻子に本来の姿を隠していることが知れた。
久宝の本来の姿を知っているのは七つの大罪として共にいた光生のみ。
光生は久宝の本来の姿を知りながらも、継母や異母妹には言えなかった。
恐らく壊したくなかったのだろう。
自分が不幸であったとしても守りたかったのだろう。
庶子である自分を受け入れてくれた継母と異母妹の幸せを。