「浅川、お前もこんな風な子供だったのか?」






「こんな風?」





「……いや、何でもない」




汐里の問いに、一颯はキョトンとしている。
汐里は自分の問いが間違いだったのかと考えたが、別におかしくなかったのではないかとも思う。
政治家の子供として産まれ、目上の人との接点が多い一颯や小春にとっては当たり前の挨拶だが、一般的には難しいことなのかもしれない。






大人でもちゃんと挨拶できない者もいる。
それなのに、小春はしっかりと挨拶できていた。
同い年の朝陽は人見知りしない方だが、こんな風にはできない。
久宝の妻は普通に育てたいと言っていたようだが、それは難しかったのではないかと他人ながら思ってしまった。






「浅川、お前は公立の学校だったのか?」





「何ですか、さっきから。そうですよ、うちの親も久宝首相の奥様と同じ考えだったので。ただ、俺が誘拐されたのをきっかけに中学からは私立になりましたが」






「小学校で友達はいたのか?」





「え、啓人は小学校からの友達でしたよ。本当に何ですか、いきなり?」






汐里の問いかけに、一颯は怪訝な顔を向けていた。
だが、汐里は育ちの違いがこんなにも出るのかと自身と弟の行動を思い返して、凹んだ。
かといって、彼女は今更育ちも行動も改める気はないので、すぐに立ち直って小春と向き合う。






「お姉ちゃん達、刑事さんなんですよね?朝陽君から聞いてます、『うちの上のお兄ちゃんとお姉ちゃんは正義の味方で、警察官なんだ』って」






小春は楽しそうに笑った。
礼儀正しさは大人びているように見えたが、無邪気な笑みは子供のそれで、汐里は少し安心する。







「正義の味方……」





「瀬戸?」






瀬戸の小さな呟きを拾った一颯は朝陽の頭を撫でていた手を止め、彼の方を見た。
瀬戸は悔しがるように拳を握り締め、唇を噛んでいた。
やはり、様子が変だ。
一颯は朝陽に「ちょっとごめんな」ともう一度頭を撫でて、瀬戸の方へ向かう。





「瀬戸、今日はどうした?様子が変だぞ」





「いや、大丈夫です」






「大丈夫だったら、そんな風に――」






「大丈夫だって言ってるでしょう!?」






一颯は瀬伸ばした手を瀬戸に払われ、驚きを隠せなかった。
瀬戸はやってしまった、という顔をしていて、突然の彼の大声に汐里や小春も振り向いていた。
ばつが悪くなった瀬戸はうつ向いてしまったが、一颯はそんな彼の頭をわしわしと撫でた。






「それだけ大きな声が出れば大丈夫だな」





今度は手を払われなかった。
それに安心した一颯は朝陽の方へ戻り、一緒に汐里と小春の元へ向かう。
その場に残された瀬戸はまた悔しさが込み上げてきた。
あれだけ優しい人を自分は裏切ろうとしていることが、犯罪者の手助けをしようとしていることが悔しく、腹が立った。






「クソ……」






瀬戸の悔しげな呟きは誰にも聞こえることなく、溶けていった。