その頃、瀬戸はというと――。
「っくし」
突然鼻がむずむずして、くしゃみをしていた。
「司、大丈夫か?」
「お兄ちゃんってば、誰かに噂されてるんじゃないの?」
鼻を啜る瀬戸に、父と妹は箸を止める。
瀬戸親子の目の前には懐石料理が並んでおり、どれも見た目も味も美味だ。
今、瀬戸が父と妹といるのは著名人が挙って通う日本料亭で、厳かな雰囲気を醸し出している。
だが、どんなに高級な日本料亭であっても、高級旅館を連想させる東雲家を見た後では劣るように感じられた。
「噂するとしたら、浅川さん達くらいだ。今日京さんの家でパーティーらしいから」
正直、瀬戸は日本料亭で凝った料理を食べるよりもホームパーティーで出される大皿料理の方が食べたかった。
だが、父と妹との食事も大事だったので、家族を優先させた。
多忙な父と息子、気楽な大学生の娘はなかなか一緒に食事を摂ることは少なかったから余計にだ。
「二人はどうだ?やはり、噂通り優秀か?」
「うん。二人に限らず、捜査一課の刑事は優秀だよ。父さん、もっと下の人のこと見ないと信用されないよ?」
「分かっている。だが、私は元々上に立つ人間じゃないんだよ。私は頼まれたから署長になっただけだ」
父は手厳しい息子の言葉に、困ったように笑って箸を置いた。
ふと、瀬戸は父の言葉に引っかかる。
頼まれた?
父は一体誰に頼まれて署長になった?
署長など頼まれてなれる地位ではないというのに、父は誰かに頼まれてその地位に鎮座している。
「父さん、誰に頼まれて署長になったの?」
「……お前には正義を貫いて欲しかった。だが、もう無理のようだ」
すると、絢爛な襖が静かに開いた。
声もかけずに入ってくるなど不躾にも程があるが、瀬戸も父も麗も何も言わない。
瀬戸は場合、正しくは言えなかった。
襖の向こうから現れた人物に動揺し、言葉を失っていたから。
「初めまして、瀬戸司君。私は久宝公武、内閣総理大臣をしている」
名乗らずとも知っている。
何せ、日本で最も信頼される歴代最長在籍期間を誇る内閣総理大臣なのだから。
だが、瀬戸の場合は首相として久宝の顔の他に、違う方の顔の久宝も知っている。
七つの大罪の傲慢を名乗る犯罪者である裏の顔を。