「そうなんです、うちのお兄ちゃんってば馬鹿だから自分が損することばっかりするんです」
「……それは未希ちゃんにも言えたことだよ」
一颯と未希は似ている。
容姿もだが、内面……目に見えない芯の強さや自分よりも他人という考えがそっくりだと汐里は感じていた。
ただし、本人達は気づいていないようだが。
「綾部光生、君だね?」
一颯は汐里に殴られ、切れた口の端を拭ってから光生の前に膝をついた。
光生はこくりと頷いて、両手を差し出してきた。
「七つの大罪の怠惰でもあります。全て話します。全て僕がやりました」
目を赤く充血させ、涙を堪えているような姿は見ていて痛々しい。
だが、罪を犯したことには変わりはない。
一颯は手錠を取り出すと、光生の手首にそれをかけた。
手錠をかけられた手首はあまりにも細く、弱々しい子供のそれだった――。
その後、未希は光生のことを汐里達に任せた一颯に病院に連れてこられていた。
頭の怪我は数針縫うことになってしまったが、入院の必要はなく、検査の結果も異常はなかった。
診察が終わり、兄を探していると、一颯は通話可能場所で電話をしていた。
表情からして、仕事ではないことが分かる。
「だから、異常ないって言われたって言ってるだろ。今から来たってもう帰るから無駄足になるって」
一颯は近付いてきた未希に気付いて、スマートフォンを手渡す。
「父さんから」と言葉がつけ足され、未希はスマートフォンを受け取って父と話す。
「お父さん?」
『未希か!?怪我は!?何ともないのか!?』
キーンと耳が痛くなるほどの声に、未希はスマートフォンを耳から離す。
殴られた怪我の痛みではなく、父の声のでかさで頭が痛くなりそうだった。
何ともないよ、と答えれば、そこからはこんこんと説教が始まった。
女の子なんだからお転婆は止めなさい、傷が残ったらどうする、危ないことはするんじゃない等々……。
『本当にお前は一颯に似て、自分よりも他人を優先させ過ぎだ。昔、猫を助けようとして車に轢かれかけたの忘れたのか?』
「え、覚えてない!」
『一颯にも聞いてみろ。頼むから兄妹揃って親に心配をかけないでくれ。気が気じゃなくて、胃に穴が開きそうだ』
父はそれだけ言って、通話を切ってしまった。
未希はスマートフォンを一颯に返すと、父から言われたことを聞いてみた。
「ねぇ、私って猫を助けようとして車に轢かれかけたの?」
「覚えてないのか?あの時、お前が車に轢かれかけて父さんは運転手を訴えようとするわ、母さんは失神しかけるわで大変だったんだからな」
げんなりしたような顔の一颯に、未希は頬が弛んだ。
両親が兄の方が大事なんて思ったのは杞憂だったらしい。
「あの子、どうなるの?あと、私を殴った人も」
未希がそんなことを一颯に問えば、「お前は人より自分のことを考えろ!」と叱られるのだった。