「そういえば、最近一颯さんは帰ってきてるの?」
大学の傍にあるカフェ。
未希は大学の講義を終え、友人の蘭子と共にそこでお茶をしていた。
イギリスのお茶会をイメージした店内には紅茶や焼き菓子の匂いが漂い、食欲をそそる。
未希はミルクティーを一口飲むと、ソーサーにカップを置いた。
「たまにね。でも、仕事が忙しくてさ。最後に会ったのはお母さんの誕生日かな?」
「捜査一課の刑事だっけ?確かに忙しそうだね。憧れるなー、捜査一課」
蘭子は紅茶を一口飲んで、それと共にセットで頼んでいたスコーンを頬張る。
彼女は未希の幼い頃からの友人で、未希の親友とも言える存在だ。
大学に進学した未希に対し、蘭子は高卒で警察学校に進んだ。
現在蘭子は警察官になり、交番で地域の安全を守っている。
「蘭子は何で警察官になったんだっけ?」
「あたしはドラマに影響されてかな。まさか、なれるとは思わなかったけど。一颯さんはなんだっけ?」
「憧れた刑事さんみたいに誰かを守りたいって」
未希が幼いの頃、小学生だった兄の一颯が誘拐されたことがあった。
あの時の両親の様子は今でも覚えている。
いつも冷静で動揺すら見せない父が動揺し、肝が据わり、豪快な母が憔悴しきっていた。
幼い未希にもただ事ではないことが起こっているのだと分かるほどだった。
一颯が警察に助けられ、息子の無事を確認した両親は泣いていた。
未希も兄の無事に涙が出た。
だが、今になって思うことがある。
それがもし、一颯ではなく、未希だったらどうだっただろう?
一颯は今警察官をしているが、本来ならば何代も続く政治家家系の跡取りだ。
対して、未希は政治家になることはないであろう娘。
両親は同じように心配し、無事を喜んでくれるだろうか?
「まさか、東雲の名前を捨ててまで刑事になるとは思わなかったよね。一颯さん、未だに浅川って名乗ってるって聞いたけど、いい加減皆知ってるんだし、東雲に戻せば良いのにね」
「え。そんなにお兄ちゃんって有名人なの?」
「あの容姿だからね。それに、組んでる相棒が相棒だから」
蘭子の言う相棒には心当たりはある。
一颯が警察官を目指すきっかけを作った刑事の娘で、一颯の一つ上の女刑事。
つり目できつい顔立ちをしているが、整った容姿をしている美人だ。
性格も豪快で男勝り。
一颯が言うには≪美人なのに中身がオッサン≫だ。