「あんなクズと私を一緒にするな。今度私をスパイとして疑ってみろ?……半殺しにしてやる」
汐里からは本気の殺気が感じられた。
それは椎名同様に元ヤンの重原でも動揺するほどのものだった。
そんな彼女を止めようと一颯が立ち上がるが、一歩で遅れた。
「重原さん、彼女は大切な人を七つの大罪に奪われてます。そんな彼女が奴等のために動くなんて有り得ませんよ」
汐里を止めたのは氷室だった。
重原の胸ぐらを掴む汐里の手に触れ、優しく離す。
何気無い氷室の言葉には汐里を庇う様子もありながらも、重原を諭すような言い方にも感じられる。
氷室はやはり、汐里のことをよく知っている。
一颯よりもずっと。
「離せ」
汐里は氷室の手を振り払い、無言で一颯の隣へと戻ってきた。
感情は読み取れないが、彼に制止されたことで嫌な思いをしたような顔ではなかった。
そんな汐里の様子に、一颯の中でモヤモヤとした感情が生まれる。
ふと、一颯は隣にいる椎名と赤星、瀬戸からの視線を感じて視線を向ける。
「ニヤニヤしないでくれますか?あと、瀬戸、お前は後で正座でお説教だからな」
先輩二人はニヤニヤ顔を止めないが、瀬戸は「まじか」というように顔を青ざめ、視線を反らした。
一颯はため息を吐いて、≪蝸牛≫の話へと戻った捜査会議に耳を傾ける。
捜査会議の結果。
≪蝸牛≫こと、綾部光生の所には少数精鋭の刑事で向かうことになった。
捜査一課からは一颯や汐里、瀬戸、椎名と赤星が、公安からは氷室と重原が駆り出された。
「おい、何処に行く?」
捜査会議に終了後、そそくさといなくなろうとする瀬戸の肩を一颯は掴んだ。
逃走に失敗した瀬戸は壊れたからくり人形のように一颯の方を見て、びくりと肩を揺らす。
一颯は普段穏やかだ。
ただ基本的に相棒が汐里なので冷静である場合が多いだけで、ある一定の許容が超えるとキレる。
「あ、浅川さん、凄く怒ってます?」
「お前から見てそう見えるならそうなんだろうな。……とりあえず、説教は≪蝸牛≫の後だ」
何度も言うが、普段穏やかな人ほどキレると怖い。
今は≪蝸牛≫を捕まえる方が優先なので、説教は後回しにされる。
だが、瀬戸からすれば、説教を先にしてもらった方が有り難かった。
その方が短くて済むからなのだが、後回しにされたとなれば超ロングコースだ。
項垂れる瀬戸の背中を押しつつ、一颯は先に行ってしまった汐里達を追いかけた。