「あ゛ぁー沁みるー」





捜査一課のフロアに、仕事終わりのビールを飲むオッサンのような唸り声が響く。
その声の主は言わずもがな、汐里である。
唸る汐里はつい先ほど起きた立てこもり事件の犯人を確保の際に転んで、膝を擦りむいてしまった。
それを一颯が治療してる最中だ。






「京さん、女の人なんだからもう少し可愛げのある声出せないんですか?仕事終わりのビールを飲むオッサンですよ、その声」






一颯は消毒液を染み込ませた綿球をピンセットで挟み、少し切れている汐里の膝にちょいちょいと押し当てる。
女性もののスラックスを膝まで捲っているお陰か、汐里の白い肌が露になっていた。
本来なら普段隠れている所が見えたときは色気を感じるところだが、何せ中身がオッサンの汐里である。
誰も色気も何も感じない。





「うっさい。なら、もう少し優しく治療しろ」





「はいはい。あと、靴脱いでください。足、靴擦れしてますよね?」






一颯の言葉に、汐里は「うぐっ」と顔をひきつらせる。





「え、靴擦れ?」





先に報告書を書いていた瀬戸がPCから顔を上げて、一颯達の方を見た。
汐里が犯人確保の際に転んだのは靴擦れのせいだった。
履き慣れている靴をいつも通り買ったつもりでいたのだが、どうやらワンサイズ小さいものを買ってしまったららしく、きつかった。
だが、勿体ないという気持ちから履いた結果がこれである。






「どうせ、買うときに試着しなかったんでしょう?いつも履いてるやつと同じだから」





一颯は拗ねた顔で靴を脱いだ汐里の足を床についた自身の膝の上に乗せ、足首までのストッキングを脱がせる。
小指の辺りが擦れて皮が剥けていたので、新しい綿球に消毒液を染み込ませてちょいちょいと消毒していく。
そして、靴擦れ用の絆創膏を貼り、ストッキングを履かせる。





「え。浅川さん、何やってんですか?」





「靴擦れの治療だけど?はい、反対の足」






声を上擦らせる瀬戸に対して、一颯は至って当たり前のようにしていた。
汐里も一颯のされるがままに治療されていて、周りの刑事達も何の違和感もなく仕事している。





「いやいや、それは見れば分かります。俺言いたいのは――」





「瀬ー戸ー!そいつらは距離感がバグってるから放っておけ」






「でも、赤星さん!これって普通に見たら、いちゃついてるようにしか見えないんですけど!?」






「「いちゃついてないし、それ以前に付き合ってない」」






瀬戸の言葉に、すかさず突っ込んだのは距離感がバグっているバディだ。
一颯と汐里は付き合っていない。
だが、距離感がバグっているから付き合っているようにしか見えないときがある。
瀬戸もこれまでに何回も距離感バグを見ているが、今日のはさすがにスルーできなかった。