「俺達は権力を持ちながらも無力なんだよ。今回みたいな事件だと余計にそれを感じる」





ふと、二年前の親友が自身の夢を守るために幼なじみを殺した事件を思い出した。
親友は早くに両親を亡くしていて、身寄りがなかったので、一颯がその死後の全てを行った。
世間では最初は親友の殺人と自殺を糾弾していたが、何処から漏れたのか幼なじみの悪行が広まるなり、その糾弾は被害者である幼なじみやその家族へと向けられた。






幼なじみは死してもなお、ストーカー女や被害妄想女、ナルシスト、痛い女と世間から言われた。
その家族も同類とされ、嫌がらせや糾弾を受けた。
最愛の娘を失って間もなく、憔悴しきった所に世間の晒し者にされた幼なじみの家族は逃げるように引っ越して行った。
それを一颯は何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった。








「それでも、警察は正義であるべきです」






一颯はまっすぐ自身の目を見て話す瀬戸に昔の自分を重ねる。
捜査一課に来た頃は警察は正義であるべきと思っていた。
だが、神室と出会い、己の中に潜む闇に気付き、警察も正義を貫くことは難しいと実感した。
警察も人間で、感情がある。
憎しみを抱くことだってあるのだ。






「……正義は強くもあり、弱くもある。それだけは分かっていろ、瀬戸」






「はい」





一颯は瀬戸の肩を叩いて、車へと向かう。
運転席に乗り込んで、瀬戸が助手席に乗り込む。
汐里は椎名達とまだ家宅捜索中のため、先に署へと二人で戻る。
すると、瀬戸がいきなり「あ」と声を出す。






「そう言えば、浅川さんの本名って東雲ですよね?もしかしたら、今回の事件が身内や友人の犯行じゃなかったら、浅川さんの実家も狙われてましたね」






「言われてみれば、そうだな。まあ、狙われたところであの両親や妹が簡単には殺されるとは思えないが」






「東雲官房長官は剣道をやっていたんでしたっけ?」





「ああ。ついでに言えば、母は空手、妹は合気道をやってる。パワーバランス的には東雲の最強は母だ」





一颯は両親の夫婦喧嘩を何度か目にしているが、父が勝っているのを見たことがない。
大抵父は母から向こう脛に痛い一撃を受け、悶絶してにいる。
東雲家の最強は母なのだ。





「何処でも母は強いんですね」





「京さんの所の母親も強いぞ。例えるなら京さんが二人いる感じだ」






一颯の言葉に、瀬戸は体を震わせる。
いずれ、瀬戸も京家の洗礼を受けるだろう。
自由人の塊である京家の洗礼を一颯は何度も受けているが、受けたあとの疲れは半端ではない。
まあ、楽しいことではあるので、慣れるしかないと一颯は割り切っている。






「京さんが二人とかカオス……」





顔を青くする瀬戸に一颯は苦笑いを浮かべると、車を走らせた。
この数日後。
京家恒例の餃子パーティーという名のホットプレートパーティーに、一颯と共に招待された瀬戸は京家の洗礼を受けることとなった。
洗礼後、「京家遺伝子最強説」が瀬戸の中で唱えられたとか唱えられてないとか。