ドーナツ屋さんができたのはぼくも知っていた。紅白のひさしのついた販売カーが毎日来ては停まっている。そこで背高のっぽのお兄さんが渦巻き型のドーナツを売っていると4つ上の兄から聞いていた。1こ500円もするドーナツは小学生のぼくには高根の花だ。

でも500円で願いがかなうなら、安いものだ。もしこのどもる癖がなおるなら、500円くらい払ってもいい。


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1週間後、久美子先生はシナリオを描き終えた、と僕たちに告げた。ロングホームルームはその台本とじに充てられた。最前列の机の上にプリントされた紙が置かれている。それを一枚ずつ取って最後にホッチキスでとめるのだ。一番の関心ごとは誰がどの役を演じるか、だ。みなはその作業をしながら、勝手に配役を考えいる。野球チームのメンバー、監督、子どもたちの母親、相手チームのメンバー、ナレーション、そのた諸々。一番の関心事は主役だ。たいていの劇ならみんな主役をやりたがる。でも今回の主役はダメ男だ。さらにその男の子は最後には死んでしまう。久美子先生もそれはまずいと思ったのか、病気に臥せった主人公がベッドの上で将来を夢見るシーンに書き換えられているけど。

しばらく黙読の時間が当てれられた。


「だれか主人公をやりたい人はいますか?」
「はいっ」


張り切って立ち上がったのは勇樹だった。それをジロリと俊平が睨んだ。