近所にできたドーナツショップのドーナツが食べたいといった私に母は自宅にあった材料でドーナツを作ってくれた。でも私は学校で話題になっていたそのお店のドーナツが食べたかったのだ。300円で1枚渡されるカードを集めてもらえる麦わらトートが欲しかった。母は不格好で大きさのそろわないドーナツを乗せた皿を台所に戻した。そのあと母が買い物に行った隙にドーナツを食べた。素朴なドーナツの味。

ほろり、と頬の上を涙が伝う。


「……私の実家、貧乏なの」
「ああ」
「平屋の借家で雨漏りもして。父は蒸発して、母は定職にはついてるけど収入も少なくて」
「ああ」
「ほんとうに驚かない?」
「金持ちの家で育ってわがまま放題の娘よりすっといいだろ。梢恵は梢恵の足できっちりと歩んできたんだから。食べ終えたら行こう。日が暮れる」


私はカバンからスマホを取り出し、実家の番号をタップする。数コールで出た母にこれから帰るとひとことだけ告げた。

「あ、お母さん。ドーナツ、作れる?」

作れるよと母は返事をした。

博人は涙を指でぬぐい、微笑みかけた。


*-*-*

夕暮れ時。
ヒビの入ったガラス戸はガムテープでところどころ留められている。フランケンシュタインの額のようだ。それをがらがらと引く。目じりにしわの増えた母。にっこりと笑って出迎えてくれた。6畳間にはこたつ、こたつの天板の上にはお手製のドーナツ。


「お母さん、ご……」