見上げるとドーナツは博人の手で上に掲げられていた。


「先輩、何するんですか」
「電話して。実家に行こう」
「いないかもしれないし」
「だから電話するんだろう? 電話したらドーナツは返すから」


博人がこんな大人げないことをするのは初めてだった。博人の目はきつく私を見つめていた。きっと怒っている、そう思った。でも実家に博人を連れていく気は毛頭ない。


「先輩ごめんなさい」
「どうして謝る」
「別れてほしい」
「どうしてそんなことを言う」
「どうしても」


「俺と結婚したくないから?」
「……そう」
「どうして」
「私は先輩にふさわしくないの」
「どこが」
「家柄も私自身も、すべて」
「俺の実家は名家でも豪族でもない。一般的な家庭だし。梢恵っだってなにを引けを取ることがあるか」
「ダメなの。だって私は……」
「”私は”?」

私は?と問われて黙り込む。自分から過去のことなど言えるわけはない。俯くと地面には博人の靴が見えた。


「ひょっとして、凜とのことか?」
「え?」


思わず顔を上げた。やっぱりそうか、と博人は大きく息を吐いた。


「凜を知ってるの?」
「ああ。だって俺も梢恵も凜も同じ高校だろ。あれだけ派手な格好してれば否が応でも目に入るよ」