柳が揺れる川沿いの遊歩道でどんよりとした寒空を見上げる。いい加減、潮時だと思った。博人が不動産屋の前で足を止めると、中にいた白黒の市松模様のベストを着た女性店員がガラス越しにちらちらと彼を見やった。30を過ぎたばかりの男性は家を売る不動産屋には上客。店員の視線に臆することなく博人は壁の広告に食いついている。私は聞こえないふりでかじかんだ両手を合わせて息を吹きかけた。その息は霧のように私の視界をぼかす。

付き合って3年になる。同じ会社に勤めるふたつ年上の博人は大学は違ったが出身高校は同じだった。校舎が違ったので互いのことは知らなかったが、忘年会で隣になって同郷であることを初めて知った。


「一戸建てもマンションもこの辺りは豊富だね」
「先輩、早くいかないと売り切れるから」
「新築のマンションが?」
「違います。消しゴムはんこです」
「そうだった。急ごうか」


博人は私の手を握ると歩き出した。恋人の手は吹きかけた息よりずっと温かい。でも逆にそれがつらかった。この手を離すタイミングをずっと逃してきた。今日こそは、今日こそはと思うのだが、ずるずると今日まで伸びてしまった。

川岸に昔ながらの景観を残し、小江戸とも称される蔵の街。自宅アパートから車で30分ほどにある小さな街は私たちの定番のデートスポットだった。国の重要伝統的建造物群保存地区である嘉右衛門町の例幣使街道では、空き家となった蔵造りの古民家に雑貨やカフェがテナントとして入り、レトロ好きの若者の間ではお洒落スポットとして静かなブームを巻き起こしている。今日は年に一度催されるフリーマーケットで、狭い車道は寒さを吹き飛ばすほどの熱気であふれかえっていた。

幼い女の子が私たちの前を歩く。高い位置のツインテールはアニメキャラを連想させた。ピンクのショートコート、白いフリルのミニスカート、黒のタイツにキャメルのムートンブーツ。