悲しげに笑って俯く千里くんの表情を見ながら、なんとかして話題を変えなければと考えていると、パッと顔を上げた千里くんが「聖ちゃんは?」と呟いた。

「わ、私?」

「ずっと思ってたんだ。恋愛ものを書くなら、俺みたいなやつの話を聞くより、自分の経験則から書いた方がいいんじゃないかって」

「ああ、そっか。実は私もね、付き合ったって言うのがおこがましいくらいの経験しかないの」

「それは……俺が聞いてもいい話?」

気遣わしげに尋ねられた声に、おずおずと頷く。
これだけ彼に話をさせておいて、自分の話をしないというのもフェアではない。
しかし、いかんせん私の恋愛経験も碌なものではないのだ。
頬を人差し指でかきながら、何から話せばいいだろうかと逡巡する。

「彼氏がいたのは、高校と大学のときの2回だけ」

そう言いながらも、もはや私は彼らの顔すらはっきりとは思い出せなかった。
そんな薄情さに、我がことながら呆れてしまう。
思い出せることといえば、二人とも明るくてよく喋るタイプの男の子だったということくらいだろうか。
どちらにも突然「ずっと気になってて、話してみたかった」と言われ、押し切られるようにして付き合い始めたのを覚えている。
けれど付き合ってみると、彼らは想像していた以上に優しくて、私を大切にしてくれた。
それでも私は結局、半年も経たずに別れを切り出したのだ。

「彼らを好きにはなれなかったってこと?」

「うん。私はまず、自分のことが好きじゃなかったから」

こんな私のどこに惹かれるものがあるというのだろう。
そう考えると、彼らが私のことを好きだと言ってくれる気持ちも信じられなかった。

「私、自己肯定感がすごく低いの。主治医の先生曰く、それは家庭環境のせいだろうって」

あれはデビューから少し経った高校生のころのことだ。
東雲さんの薦めで心療内科を受診した私は、そこで軽度の発達障害と、両親の不仲や母からの依存による精神的負担があったことを診断された。
今もなお続く自己肯定感の低さも、その家庭環境で培われたものだろうと。
そのせいで彼らと付き合っているとき、私はいつもどこか怯えていた。
いつか迂闊で出来損ないな自分に気づかれたとき、きっと幻滅されて、惨めに振られてしまう。
そう考えた結果、傷つく前に私から関係を終わらせ、中途半端に彼らを振り回してしまったのだ。

「まあでも、この歳になってまで親を理由にするのも情けないね」

つまるところ、私はただ単に不器用で臆病なだけなのだろう。
大人になった今でも、自分自身を認めて愛してあげる術を見つけられない。
他人と向き合う勇気も、それで傷つく覚悟も持てない。

「私にとって恋愛は、他人の家の綺麗な庭みたいなものなの。すごく素敵なものだと思うけれど、自分には大それた、縁のないもの」

物事には向き不向きがある。
だとすれば、私のような弱い人間に恋愛は不向きなのだ。

「それでも聖ちゃんは恋愛小説を書くの?」

心配の色が浮かんだ表情で、千里くんが私に問う。
その問いに、私は迷うことなく頷いた。

「私には小説しかないから。どんなことをしてでも、すべてを投げ打ってでも、守りたいの」

そう言うと、千里くんも何かを言いかけて、けれどもすぐに口を閉ざしてしまった。
不用意な言葉は人を傷つけるかもしれないということを、彼は知っているのだろう。
その優しさが、臆病な私にはとてもありがたいと思った。