「まあ、殉職って形で死んだのはあの人らしいけどね」





そう言ったのは琴子だ。
恐らく京家の父、太志(たいし)と一番長く過ごしたのは彼女だろう。
職場恋愛で早々に二人は結婚し、三人目を出産を期に退職して専業主婦となったらしい。
それまでは警察官として働いていたと汐里に聞いたことがあった。





「刑事として生きて、刑事として死んだ。それがあの人の選んだ生き方。だから、貴方はそうはならないでね」






琴子が一颯に微笑みかける。
汐里に雰囲気が似た笑みに一瞬ドキリと胸がなる。






「一颯君、あの人に憧れて刑事になったんでしょ?汐里から聞いたわ。あの人に憧れるのは良いけど、生き方はおすすめしないから。人を信じて、助けたあの人は人を信じない殺人犯に殺された」






琴子の瞳がゆらりと揺れた。
警察官の中には人を信用しない、と言う人がいるかもしれない。
人を疑い、取り締まる仕事柄そういう考えになってしまうのは分かる。
しかし、一颯は太志と同じく人を信じ、助けたいと思う。
それが死に繋がるとしても人を信じずに見捨てるよりは良い。




「……父さんを殺した犯人、まだ見つかってないよな?」





侑吾がウイスキーのグラスを傾けながら汐里に目を向ければ、彼女は「見つかってない」と目を伏せる。
捜査一課で捜査していれば、父の死を掴める可能性があると汐里は思っていたのだろう。
だが、一颯が知る限りそう言った事件に遭遇はしていない。
そもそも一颯は恩人である京太志が何故殉職したのかも知らない。







「はい!あの人の人の話は終わり!気になってたんだけど、一颯君ってお坊ちゃん?」






暗くなった空気を払拭するように言ったのはやはり、琴子だった。
子供達が父を亡くして辛いのならば、最愛の夫を亡くした琴子はもっと辛いはずだ。
それなのに、誰よりも明るく振る舞って話題を変えたのは琴子だ。
一颯に話を振ったのは一颯的には有り難くないが。






「へ?」





「ほら、姿勢は綺麗だし、さっきの食事中のマナーやはし使いも綺麗だったから」







「いや、その、これは……」






「東雲一颯、それがこいつの本当の名前」






「ちょっ京さん!?前に赤星さんに守秘義務云々って言ってましたよね!?」






返答に困る一颯を面白がるように汐里がニヤニヤしながら本名をバラす。
そのせいで、一颯は事情を知っている侑吾と汐里以外の京家から質問攻めに遭うのだった。
それは一颯がウーロン茶と表して侑吾が飲ませた極薄のウイスキーを飲んで潰れるまで続いた。