「これ、つまらないものですけど」
「あら、芋あんのお饅頭。私の好物覚えててくれたのね」
汐里が差し出した饅頭を信乃は嬉しそうに受け取り、「お持たせだけど、皆で頂きましょう」と封を開ける。
数個入っているうちの一つを鞠乃の仏前に上げ、残りはテーブルの上に置く。
「食べて食べて。此処の芋あんのお饅頭、美味しいのよ」
「いえ、まだ仕事中なので」
一颯と汐里はそう断るが、信乃は後で食べるようにと手渡してきた。
さすがに手渡しされてしまえば、断れない。
とりあえず一颯はそれを受け取り、ポケットにしまう。
すると、スマートフォンが鳴った。
着信は司法解剖を行った医師からで、一颯は汐里に目配せをしてそそくさと外に出る。
医師からの電話を手短に終わらせ、戻った一颯は汐里に内容を耳打ちする。
汐里は一瞬驚いたように一颯を見たが、すぐに冷静さを取り戻す。
そして、目の前に座っている恩師達を見た。
「これは本来部外者には教えられないことですが、先生達は部外者ではないのでお話しします」
今回の司法解剖は汐里が警察庁の兄の名を渋々借りて、早々に行われた。
過去の殺人事件に酷似しているから、それだけが理由ではなかった。
反応を見るためでもあった。
恩師とその妻の。
「今しがた、川原で発見された焼死体が四年前に鞠乃ちゃんを殺害した神元祥だと判明しました」
川原で焼死体で発見されたのは当時未成年で、鞠乃を殺害した犯人の元少年だった。
数年の服役を終え、少年院から出てきたのは数ヶ月前。
その数ヶ月後には自らが犯した殺人と同じ方法で殺された。
何とも言い難いが、こう思う者もいるだろう。
――自業自得、だと。
「被害者は複数回刺された後、生きたまま身体に火をつけられたと解剖医は言っていたそうです」
汐里は目の前の恩師とその妻を見つめる。
自分が生徒だった頃はまだ若かった恩師も髪に白髪が交じり、顔もシワが増えた。
娘を失った心労もあるかもしれないが。
本来秘匿するべきことを話す汐里を夫妻は驚きもせず騒ぎもせず、ただ見つめていた。
まるで、凪いだ海のようだった。