「あれ、京さんがいない」
茶の間の方へ行ったはずなのに、汐里の姿はそこにはない。
だが、仙石は茶の間の隣の部屋を指差し、一颯をそこへ向かわせる。
茶の間と二間繋がりになっている隣の部屋には仏壇があり、その前に汐里は手を合わせて座っていた。
仏壇には色とりどりの花とぬいぐるみ、お菓子やジュース、おもちゃがたくさん置かれている。
その真ん中にはランドセルを背負った女の子の写真があった。
満面の笑顔で、可愛らしい女の子だった。
一颯の脳裏には先ほど車の中で聞いた汐里の話が浮かぶ。
「娘の鞠乃だよ」
仙石の娘は四年前、誘拐されて殺されている。
その事件は今回一颯達が捜査することになるであろう事件と犯行が酷似している。
汐里は何か思うことがあったのだろう。
だから、被害者家族である恩師のところに来た。
汐里は隣に来た一颯に場所を空け、仏壇の前に座らせる。
線香を上げて手を合わせれば、遺影と目が合う。
こんなにも笑顔の可愛い子が殺されてしまったと思うと、胸が苦しくなる。
他人で何も知らない一颯がそう感じる位なのだから、親である仙石はもっと苦しいはずだ。
「あら、汐里ちゃんじゃない。いらっしゃい。久し振りね」
「信乃さん。お久し振りです。体調はいかがですか?」
「最近はとても調子が良いの。あら、そちらの方は?」
奥の方から現れた女性は遺影の鞠乃とよく似ていることから仙石の妻であり、鞠乃の母であることが窺える。
仙石の妻――信乃は汐里の隣にいる一颯の姿に、ふふふと楽しげに笑って親指を立てる。
「もしかして、汐里ちゃんの彼氏?」
「あ、いや、俺は――」
「こんなヘタレが私の彼氏な訳無いでしょう?新しい相棒の浅川一颯です」
食いぎみに否定した汐里の態度に、一颯はショックを受ける。
信乃は「お似合いなのに」と笑い、お茶を淹れに台所の方へ歩いていった。
仙石の妻は娘の死をきっかけに精神を病んだと言っていたが、そうは見えなかった。
「信乃さん、随分落ち着きましたね」
「ああ。やっと前に進めるようになったからな」
仙石は茶の間の方に二人分の座布団を用意し、そこに一颯達を座らせる。
お茶を淹れてきた信乃は二人にお茶を出すと、仙石の隣に座る。
ちょうど仏壇に飾られた鞠乃の遺影が見える位置だ。