だが、欲しいのは証拠だ。
証拠がなければ、逮捕できない。
羽田部を逮捕するチャンスが来たかと思われたが、上手くはいかない。
一颯はやり取りを見つめながら考える。
決定的な証拠が何処かに隠れていないか。






「まだいたのか、捜査一課の諸君」





公安の重原の嫌みな声がした。
声がした方を見れば、そこには氷室と重原に連れられた羽田部咲莉がいた。
手には手錠。
羽田部咲莉は公安に逮捕されていた。





「おい、何故羽田部が公安に逮捕されている?」





椎名は怒りを露に重原ではなく、氷室を睨み付けている。
彼からしたら重原はどうでも良い。
重原も公安の刑事だから厄介と言えば厄介なのだが、氷室に比べれば詰めが甘い。
それに対して、氷室は――。






「言ったでしょう、羽田部は《七つの大罪》の信奉者だと。あと、この事件の捜査権は我々公安になりましたので、捜査一課の方々はお引き取りを」





「はぁ!?んな話聞いてねぇし!」






「あ、赤星さん!」






氷室に飛び掛かりそうな勢いの赤星を一颯が羽交い締めにして止める。
その時、椎名のスマートフォンに着信が入り、椎名は電話に出ると険しい顔をする。
その内容は公安に捜査権が移った、というものに間違いなさそうだ。





「赤星、浅川。撤収だ。後は公安に引き継ぐ」





「ちょっ椎名さん!俺達が捜査してたのに、公安が横からぶん取るなんて俺は納得いきません!」






「上の命令だ。行くぞ、同じ空気を吸うのも腹が立つ」






椎名はスマートフォンをスーツのポケットにしまい、車の運転席に乗り込む。
赤星も納得がいかないように舌打ちをつくと、助手席に乗り込んだ。
残った一颯は氷室をじっと見た。
氷室も彼をじっと見返している。





「……君の父親も容疑者だったようだけど、犯人じゃなくて良かったね。もし、犯人だったら、君は刑事を続けられなくなるな」





「そうなれば、京さんの相棒でなくなる。貴方には好都合なのでは?」






「君の父親を犯人にでっち上げることも出来たんだけど、その損害が大きすぎる。こう見えて、俺は君を買ってるんだよ」






「このキツネが」





一颯は氷室を睨み付け、なかなか来ない彼を呼ぶ赤星達が乗る車の方へ駆けていく。
人に対してこんなにも嫌悪感を抱くのは初めてだった。
人に嫌悪感を抱くことがこんなにも自分自身が不快になることだとは思わなかった。