「浅川、どうした?」
椎名は考え込む一颯に気づき、声をかけてくる。
一人で考え込んでも仕方ないと一颯は彼に自分の憶測の範囲の考えを話す。
あくまでも憶測の範囲でしかない一颯の考えに、椎名といつの間にか話を聞いていた赤星は彼の肩を叩き、頭を撫でる。
「憶測の範囲なのを踏まえてもいい線に気付いたな。公安が言ってきた情報から導き出したって言うのは頂けないが」
「浅川の憶測の範囲での犯人は羽田部咲莉。でも、犯人と位置づけるには証拠が無いのがなぁ……」
「決定的な証拠があれば良いんですけど……」
三人は車の前で頭を捻る。
決定的な証拠になるはずの防犯カメラや目撃情報はない。
そんな中でどうやって決定的な証拠を導き出すか……。
すると、「あの!」と男の声がする。
振り返れば二十代くらいの男がいて、少し緊張しているように見えた。
「貴方は羽田部咲莉さんのご主人ですね?彼女の聴取の際に同席されて、彼女のアリバイを証明していましたね」
椎名は疑うような目を羽田部の夫に向ける。
彼は聴取の際、彼女の潔白を証明している。
だが、椎名達の中の犯人像は彼女で出来上がっていた。
それに決定的な証拠が加われば、彼女を逮捕する程に。
「はい。そのアリバイのことなんですが、実は嘘なんです」
「貴方は妻は体調が悪くて家で寝ていた、と言っていましたね。それは嘘だった、ということですか?」
羽田部の夫は小さく頷く。
一颯が見せてもらった聴取の内容には羽田部咲莉は体調が悪く、家で寝ていたと夫の傑が言っていたという。
だが、それは嘘。
つまり、傑は妻を庇っていたことになる。
「嘘のアリバイを話すことは偽証罪に値することは弁護士である貴方ならご存じですよね?」
「分かっています。でも、妻は精神を病んでいて、自分が庇わなければ死んでしまうと思ったんです。子供だけでなく、妻まで失うなんて自分には耐えられない」
「子供?お二人にはお子さんはいらっしゃらないのでは?」
「いません。ですが、つい先日まで妻のお腹には確かに子供がいたんです。漸く授かった我が子が」
椎名と赤星は顔を見合わせる。
子供がいた、という過去形になっているということは羽田部咲莉は何らかの形で流産をしてしまったのだろう。
恐らくは九条によるパワハラが原因。
漸く授かった子供を流産し、羽田部咲莉は精神を病んで流産の原因を作った九条を恨み、犯行に及んだ。
そう考えれば、犯行動機は明確。