「ねぇ、お兄ちゃん。お父さんと本当に会わないの?」





小川のところで鯉に餌をやる一颯に、未希はそう問いかける。
一颯自身、父と会うつもりはない。
何せ、警察官になることを反対され大喧嘩したのだから。
その時は一颯の母の説得もあり、親の名前を借りずに高卒で十年以内に捜査一課に配属になることを条件に警察官になることを許された。






「お兄ちゃん、捜査一課の刑事さんになったんだから自信を持ってよ」





「いやさ……」






「一颯」





ゴニョゴニョと口ごもる一颯を呼ぶ声がした。
声がした方からは大和撫子という言葉が合う着物を着た一人の女が歩いてきており、「お母さん」と未希が呼んだことで二人の母親であることが分かった。
二人の母親――(みやび)は一颯に近付くなり、背中を叩く。






「痛!何するんだよ、母さん!」






「何でうちの男達は下らないプライドでウジウジと……まどろっこしいったらありゃしないわ!」






大和撫子……?
そう疑問に思ったのは聴取を終えて、一颯を探しに来た赤星と椎名だ。
頭が切れると名高い法務大臣の妻だ、きっとそれを支える良妻賢母のような人だと思われがちだ。
しかし、実際は違う。
法務大臣の妻らしくドンと構える肝っ玉母さんだ。




「何か東雲夫人、京に似てる気がする……」






「俺も思いました。よく母親に似ている人と結婚するって聞きますけど、もしかしたら浅川……」






椎名と赤星の頭の中にイメージが浮かぶ。
汐里のかかあ天下で、一颯が尻に敷かれるイメージが。






「……今と変わらないな」





「ですね……」






今も一颯は汐里の尻に敷かれている。
それがもし、二人が良い感じになったときに家でもそうなるのが目に見えていた。
だが、椎名と赤星にはそれはそれで面白いと感じる。
二人は何だかんだで相性が良い。
仕事でも、きっとそういう関係になっても。