「全てに恵まれてるくせに、それに気付いてない。ムカつく奴だ」






啓人はカッターの刃を出したり、仕舞ったりを繰り返しながら近付いてくる。
チキチキ、チキチキ。
出し入れする度にそんな音が室内に響く。
酷く耳障りで、不気味に思えた。





「俺はお前が嫌いだ。だから――」






カッターの刃を出し入れしていた指が止まる。
その代わりにカッターを持っていた手が持ち上がった。
そして――。





「止めろ……止めろ!啓人!」





「だから、一生苦しめ」






カッターの刃が啓人の首を切り裂いた。
頸動脈が切れ、血が噴水のように吹き出し、辺りに飛び散る。
一颯や汐里の顔や身体にもそれらは飛び、鉄臭く温かい、生々しい感触だった。
啓人は床に倒れるとピクピクと身体を痙攣させたかと思えば、動かなくなってしまった。






「一生……苦しめ……」






一颯は呆然と呟いた。
ふと、昨日の啓人が言っていた言葉を思い出す。
酔っ払って寝落ちする寸前に聞こえた言葉。
あれははっきり聞こえなかったんじゃない。
一颯自身が聞くのを拒んだのだ。




あの時、啓人は言っていた。
『一颯、お前は一生苦しめ』
今言われた言葉と同じ言葉を昨晩も言われていたのだ。
一颯には分からなかった。
何故、自分がこんなにも啓人に恨み言を言われるのか……。






「浅川……」






「京さん、俺――」





「おや、彼も死んでしまったのか」






突然聞こえた男の声。
ハッとして一颯と汐里は声がした方を見た。
そこには烏のように尖った嘴がついた仮面……、所謂ペストマスクと呼ばれる仮面をつけ、黒の燕尾服を着た男がいた。
その男は息絶えた啓人をじっと見ていた。






「誰だ、お前は!?表には警官がいたはずだ、どうやって入った!」






汐里が男に拳銃を向ければ、男が汐里の方を見た。
薄暗い中にペストマスクをして佇む姿は不気味さを通り越し、恐怖を覚える。
拳銃を向けている汐里の手が無意識に震える。