その夜。
一颯は啓人が一人暮らしをしているアパートを訪れていた。
手土産にビールとチューハイとつまみを買い、一颯自身は飲めない自分用に炭酸のジュースを持参する。
「啓人、紗佳を送ってくれてありがとうな」
「おう。紗佳ちゃんもストーカーとか大変だなー。可愛いって損だ」
啓人はビールを片手に、紗佳に同情するような顔をする。
どうやら、紗佳は啓人に警察にいた理由を話したようだ。
実際は彼を呼び出した一颯が説明するべきだったのだが。
「そうだな。つか、お前さ、引っ越したなら教えろよ。前に住んでたアパートに行ったら違う人がいて、驚いただろうが」
「あれ?言ってなかったか?あそこ、大学生の頃から住んでて、手狭になったから引っ越したんだよ」
一颯が啓人が引っ越したことを教えなかったことを咎めれば、彼は呑気にビーフジャーキーにかじりつく。
啓人が大学生の頃に住んでいたアパートはロフト付きのワンルームで、今住んでいるのは1LDK。
確かに広さはだいぶ異なる。
「ふーん。お前、持ち物少ないからワンルームで足りた気がするけど」
「置きたいものが置けなくなってきたからさ」
「置きたいもの?」
「あれ」
啓人が顎で指した方には筋トレ用のバタフライマシンとベンチプレスが置いてあった。
筋トレ好きの啓人が前に欲しいと言っていたのは覚えていたが、まさか買うとは一颯も予想外だった。
あれを置くにはあのワンルームでは狭すぎる。
「あれ買う前に仕事しろよ……」
「いや、あれは仕事してるときに買ったから結構経つぞ」
「ってことは此処に引っ越したのも結構前じゃん!何で教えないんだよ!?」
「あっはははは!悪い悪い」
啓人は楽しげに笑う。
それにつられるようにして一颯も笑った。
最近仕事に明け暮れていたせいか、久々に声を出して笑った気がした。
笑ったことで気分が高揚し、一颯は普段飲まないチューハイを開けて飲み始めた。
結果。
一颯はチューハイを半分を飲んだところで潰れた。
潰れる前に啓人は何か言った気がしたが、はっきりは聞こえなかった。
ただ、その声はあまりにも冷たかったような覚えがある。
「一颯、お前は―――」
その先が聞こえない。
聞き返す間もなく、一颯はそのまま寝落ちした。