「――で、センチメンタルな感じで終わると思ったのに、何故俺は貴方と飲んでるんでしょうか?」
一颯はウーロン茶が入ったグラスを手に、目の前に座る氷室を見た。
「それはたまたま入った居酒屋が混んでいて、たまたま相席になって、たまたま君と京刑事が飲んでいたってから」
氷室は至って冷静に分析し、ハイボールを煽る。
一颯の隣では寝不足で酒を飲んだせいで寝落ちした汐里が、氷室の隣で弱いくせに酒を飲んで寝落ちした先輩刑事がいる。
それを連れて帰るのはピンピンしている後輩二人だ。
「見たまんまですね。一つ、お聞きしても?」
「仕事のことでなければ」
「仕事のことではありませんよ。京さんと貴方のご関係は?」
グラスを握る氷室の指がピクリと揺れる。
汐里と氷室。
変に他人行儀なのに、何処か知り合いのような雰囲気を出している。
氷室に限っては汐里に合わせて、他人行儀にしているようにも見えた。
「昔、恋人同士だったって言うだけだよ」
二人は高校からの交際を始め、汐里が高卒で、氷室が大卒で警察官になってからも交際は続いた。
しかし、氷室が公安の配属になり、多忙になってしまい疎遠に。
そのうち、汐里自身も捜査一課に配属になり、連絡を取ることが少なくなってそのまま自然消滅という形で別れたらしい。
恋愛に疎い一颯だが、見ている限り氷室はまだ汐里に未練があるように見える。
彼女自身はあまりそういう素振りを表に出さないため分からないが。
氷室は至って真面目で冷静な好青年に見える。
少しがさつな汐里とはバランスが良いように見えた。
「そうですか……。すみません、突然こんなことを聞いてしまって……」
「良いんだよ。俺も君に聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「答えられる範囲であれば」
「まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に聞くけど、君は何故浅川を名乗っているんだ?それは君の本当の名前では無いだろう」
一颯は息を飲む。
何故、この人はこの事を知っている?
警察内部でこの事を知っているのはごく僅かで、捜査一課で知っているのは課長である司馬だけだ。
公安ならば調べる等造作もないのかもしれない。
だが、一颯と氷室は知り合ったばかり。
知られるには早すぎる。