が、穂積は無力だった。
ドラッグやら売春の斡旋、恫喝に恐喝に明け暮れるような男に穂積が叶うわけがなかった。
彼は返り討ちに遭い、冷たい雨の降る日に祖とへ放り出された。
まるで、ゴミのように。
悔しかった。
妹は苦しんで死んだというのに、あの男は当たり前のように生きている。
生きているだけで周りを苦しめるような男が生きていて、何故妹が生きていない?
穂積には世の中の不公平さが憎らしく思えた。
あの男のような人殺しが平然としているこの世の中が――。
「そんな時にあの人が現れたんです」
「あの人?」
「『ペルソナ』」
聞き覚えのある名前に、汐里と一颯は息を飲む。
ついこの間の殺人事件の際に、容疑者二人に毒物を送りつけて犯行を促した人物、それが《ペルソナ》。
またも《ペルソナ》が事件に絡んでくるとは……。
「あの人に言われたんです。『強欲と傲慢。あいつが憎いんだろう?』って。――憎かった。俺は力がなかったからあの人に力を借りるしかなかった」
「何故警察に頼らなかったんですか?人を殺してしまっては貴方も貴方の嫌う人殺しと同じでは?」
「警察を頼って、本当に助けてくれましたか?逮捕したって服役して、何年後かには世の中に戻ってきますよね?あの男は生きて、世の中に存在する」
穂積は奥歯を噛みしめ、その場にいる警察官三人を睨む。
警察官三人は何も言えなかった。
いや、何て言えば良いのか分からなかった。
言ったところで彼にはきっとかけた言葉は届かない。
「俺はあの男が生きているというだけで許せない。だから、殺した。人殺しと言われようともあの男だけは麻澄と同じ苦しみを味合わせて……」
拳を固く握りしめ、穂積は声を震わせる。
彼が名前を呼ぶのも嫌なくらい憎む高坂要は絞殺される前に多量のドラッグを飲まされ、ドラッグが切れる頃に殺害されている。
ドラッグが切れる苦しみと息が出来なくなる苦しみ。
二つの苦しみが高坂を死へと導いた。
「……それでも人を殺してはいけない。貴方が妹さんを失って悲しむように、どんなに悪い人間でも殺されれば悲しむ人はいる」
「だったら、俺はどうすれば良かったんだ?教えてくれよ、刑事さん……」
もう教えるすべはない。
殺してしまっては罪は消えないし、命はもう戻らない。
穂積は涙を浮かべたまま机に伏せると、狂ったように泣き叫んだ。
その悲痛な叫びは一颯の中に深く突き刺さった。
止める術はなかったのだろうか。
そんな自責の念と共に――。