桐島穂積の妹、桐島麻澄はごく普通の学生だった。
将来の夢である薬剤師になるために奨学金を借りながら大学に行き、学費を稼ぐためにバイトも掛け持ちしていた。
学業とバイトの両立。
それは麻澄の心身共に壊していく。
ある日、麻澄は自宅で狂ったように泣き叫び、暴れていた。
両親は不在で、兄である穂積しか自宅にはいなかった。
穂積が泣き叫びながら暴れる麻澄をどうにか落ち着かせようとした。
だが、麻澄は狂ったように叫んでいた。
『もう嫌!あんなバイトしたくない!何でお金のためだからって知らない男に抱かれないといけないの!?』
『気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!私に触るな!』
『もう嫌!あんな薬飲みたくない!楽になるどころか、辛い!飲まないと苦しい!』
『死にたい!死にたい!全部あの男のせいよ!私を騙して!許さない!』
麻澄の絶叫に似た慟哭に、穂積は絶句した。
妹はあの男あの男に騙され、薬を飲まされ、売春を行わされていたのだ。
いつも笑顔で学校やバイトに行っていたから両親も穂積も気付かなかった。
麻澄がどれだけ苦しんでいたのかを。
その狂ったように泣き叫んでいた日の夜。
穂積と事情を知った両親が目を離した間に、麻澄は自室で首を吊って自ら命を絶っていた。
自室には遺書があり、両親と穂積への感謝と謝罪と共にあの男への恨み言が書かれていた。
全てあの男が悪いのだと。
穂積は麻澄の死後、あの男について調べた。
調べれば調べるほど危険な男なのだと分かり、両親はもう調べることを止めるよう穂積に言った。
だが、彼は止めなかった。
あの男に妹と同じ苦しみを味合わせてやりたい一心だった。
半年かけてあの男について調べ上げ、接触を試みた。
あの男の行きつけだというバーに行き、妹のことをあの男に言った。
お前のせいで妹は死んだのだ、と。
だが、あの男は鼻で笑い、人を見下したような目でこう言った。
『騙される方が悪い』
――と。
確かに騙される方にも非がある場合がある。
だが、それでも騙す方が悪い。
何より人の命を奪っておいてそれはない。
穂積は妹の命を蔑ろにされたように感じ、あの男へ殴りかかった。